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「Little Birds」 上映会報告
「米軍は解放軍じゃないね お母さん」
――破壊されるイラクの家族――
 二〇〇五年七月二〇日、 私たち横校労は神奈川公会堂で、 綿井健陽監督作品 『Little Birds―イラク・戦火の家族たち―』 の自主上映会を行なった。 〇三年三月二〇日に始まった米英軍のイラク侵攻時に、 イラクに留まり、 精力的にレポートを送り続けた綿井さんの一二三時間に及ぶ記録を一〇二分に編集した作品である ( 「横校労 nO八五」 )
 約一五〇人の観客数は幾分かの赤字ではあったが、 終了後の出口や交流会、 後日届けられたメールなどで 「いい映画を見せてもらった」 という好評価が多かったこと、 意外にも若い人が多かったこと等を総合すると、 上映会実施は意義があったと言えるだろう。 何よりも、 私たち自身が眼を開かれ、 考えさせられた映画であった。

 スクリーンいっぱいの大きな満月。 カメラが引くと、 満月の下にモスクの塔が見え、 さらに引くと街並、 そして灯りのついたにぎやかな商店街。 店先でにこやかに談笑するバクダッドの人々。 映画はそんなふうにして始まった。 明けて朝。 空地でサッカーをする子どもたち、 音楽にあわせて踊る子どもたち。 大きな瞳と笑顔。 行き交うバス、 売り物の台車を押す青年。 夜、 店のシャッターに目張りをしながら 「私たちは日本人が好きだ。 アメリカは二つの爆弾で日本をつぶした。 なぜ日本はブッシュを支持するのか」 と笑いながら言い残して立ち去るイラク人。 その道すじは閑散として家々は戸を閉ざし、 人影も見えない。
 バクダッドの夜の遠景。 街の灯がチラチラと黄色く光っている。 ナレーションも音楽もなくタイトルが重なって映し出される。 そのとたん、 サイレンの音と爆撃音が響く。 空爆開始を伝える綿井さんの声。 対空砲火の音と光、 炎と黒煙の遠景。 テレビで見せられたシーンだ。 しかし、 その次に映し出されたのは爆撃された市内の現場だった。 破壊された商店街の壁、 ひしゃげたシャッター。 その道に血にまみれ放り出された大人と子どもの片方ずつのくつ、 そして大量の血だまり。 衝撃を受けた。
 下半身を吹きとばされた青年、 いくつもの死体。 回りで半狂乱になって叫ぶ人・人。 「この子どもたちが兵器を持っていたというのか」 「お前らはブッシュと同じだ」 「近よるな、 おれの足を返せ」。 怒りと憎しみのこもった声と顔。
 開戦から三週間後、 バグダッドに米軍の戦車が入ってくる。 その戦車に立ちはだかってたれ布を持ちながら 「何人の子どもを殺せばいいの」 と叫ぶ一人の女性。 この女性の姿も印象深い。 カメラは女性の目と同じ位置で米軍を映し出す。 フセイン像が倒されるシーン。 喜びの表情は一部だけ。 二重三重に取り囲んでいる人々の多くには笑顔がない。 カメラは立っている米兵に近づく。 綿井さんの質問。 何しに来たの?―イラクを解放するためだ。 イラク人はそう思っていないよ―狙って殺しているわけではない。 戦車に抗議していた女性の声 「人殺し。 病院に行って殺された子どもたちを見てごらん」。 カメラは病院を映し出す。 死んだ子に泣きつく父、 涙でぐしょぐしょになった顔で 「もう三人死んだ」 と泣き崩れる。 動かない死体の回りを動き回りながら 「この子が何をしたというのだ」 と叫ぶ父と母。 悄然として動かない父顔の姿。
 土が少し盛り上っているだけだったり、 石が置かれたり、 欠けた木板が立ててあるだけの墓、 墓、 墓。 低空飛行のヘリコプター。 銃を構えた兵士と戦車。 有刺鉄線がはられた刑務所前。 「なぜ道を歩いていただけで刑務所なのか」 「サダムと同じじゃないか」 と抗議する人々。 倒されたフセイン像の台座に落書されたことば 「すべては終わった。 出て行け」
 テレビに映し出された米軍の爆撃の光と黒煙の遠景。 その画面に映っていない煙の下の破壊された街の中の傷つきながらも生きて行かざるを得ない人々の生活を、 綿井さんのカメラは映し出す。 三人の子どもを殺されたアリ・サクバンさんとクラスター爆弾 (これは太平洋戦争中、 空襲に使われた集束焼夷弾のレベルアップした無差別爆弾だ) の破片が右目に突き刺さったハディール・ガムデという少女の家族を柱にしながら、 守ってくれる大人も仲間も組織もないただの一人一人のイラク人として、 空爆にさらされる日々とその後を映し出す。 「戦争とは恐ろしくむごたらしいもの」 と感じさせないテレビ画面に対し、 「だまされるな」 と叫んでいるようだった。
 終演後の交流会での発言の一部を紹介します。 「カラシニコフ銃とユニセフ支給の学校カバンがひとつの椅子に置かれていたのが印象に残った」 「サモアで大口を開けてア〜ンと食べていた日本兵が忘れられない」 (まさに日本兵であって自衛隊員ではなかった。 確かに異質なシーンで、 私などは鳥肌がたった)。 「母親と来ていた小学生が 『お母さん、 やっぱり米軍は解放軍じゃないね』 と話してた」 「自分の母親から聞いた空襲のようすと同じだと思った」 等々。 皆、 ある重さを抱えこんだ感想だった。
 散会後、 東神奈川駅前で月を見た。 映画と同じ丸い満月が光っていた。 二〇〇三年三月二〇日にまさに同じ月を見ていたイラクの人々は何人も死に、 私たちは死なずにいる。 (〇五年七月までにイラク民間人の死者は三万九〇〇〇人に達すると報じられている) そう思いついた時、 死んでいない者として、 この上映会に参加して良かったと思った。
   (田中敏治)

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