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●都田小学校退職強要問題

退職強要裁判意見陳述


 市教委は新採用教員を切り捨てることなく育ててください

 4月11日、 横浜地裁502号法廷において、 横浜・条件付き採用者に対する退職強要事件損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が開かれた。 被告横浜市の代理人は、 自動車裁判と同じ弁護士だが、 異例なのは、 もう一人の被告木村光義元校長が、 個人的に代理人を立てていることだ。  大阪で新任免職裁判を闘っている井沢さんはじめ全国から駆けつけた支援の方々で埋まった傍聴席、 その正面の証言者席に立った原告の本多先生は、 10数分にわたって退職強要に晒された一年間の思いを述べた。 最後の一言を言い終えたとき、 傍聴席からは大きな拍手がわき起こった。 次回は5月23日13時10分開廷。 被告側が訴状に対する反論書を提出する予定。

   陳 述 書

 平成17年2月25日、 療養休暇から復帰して、 2日目のことでした。 木村校長は指導主事からの話として 「分限調査会にかかる進捗状況にのった。 依願退職願を書かないと分限免職になる。」 と私に話しました。 私は進捗状況や分限免職などという言葉を聞くのは初めてで、 最初は一体何を言っているのかよく分かりませんでした。 結局、 依願退職をしないと、 クビになるということが理解できました。 クビになる理由は病気のため療養休暇を取ったから、 勤務成績が良好でないということでした。 私は大学を卒業してから数年間は、 臨時保健体育教員として主に中学校に勤務していましたし、 その後、 平成16年3月までは、 正式な教員として12年間小学校に勤務していました。 その間、 心身共に健康で3日続けて学校を休んだことはありませんし、 療養休暇を取ったこともありませんでした。 私は養護学校の教員免許状も持っていますが、 横浜に来る前までは、 特殊教育に関わるチャンスがありませんでした。 横浜では、 ほとんどの学校に個別支援学級があると聞いており、 そのため、 障害のある子どもたちとともに学校生活を送ることができるのではないかと考え、 2度目の採用試験を受け、 合格しました。 赴任前の3月下旬、 木村校長・遠藤副校長との面接の際には、 個別支援学級を担当したい旨をお話しました。 しかし、 資格があるのにもかかわらず、 結局、 個別支援学級は担任させてもらえず、 6年生の担任となることになりました。 4月1日に赴任すると、 6年生の学年主任、 新設されたばかりの健康委員会主任、 それだけでなく、 A研は理科研究会所属で研究会の授業者という校務分掌が決定されていて、 びっくりしました。 教職の経験があるとはいえ、 横浜の学校で使う教育用語ひとつから、 前の職場と言い方が違うのです。 1年目はベテランの学年主任に横浜のやり方を教えてもらいながらやっていこうと考えていましたから、 まさか自分が学年主任になるとは思っていませんでした。 教科指導は同じだと言っても、 約10年ぶりの6年生です。 そして、 一週間の授業時間数27時間のうち、 空き時間は1時間もありませんでした。 授業が始まると、 机に落書きをしたり手紙を書いたりする子どもたちの姿が目立ちました。 どうしたら意欲的に学習に取り組むことができるのか、 習熟度に差がある40人の授業をどう組み立てればいいのか、 悩む毎日でした。 授業だけでなく、 学級のどこかで知らないうちに落書きが増えたり、 何かが壊れたりしていくこと、 ふざけているように見える子ども同士の関わりがいじめにはなっていないかと目をかけていくこと、 机やいすを持ち上げてけんかすること、 給食や清掃当番をやらないことなど、 担任として考えることやることに終わりはありません。 子どもたちのことばかり考える日が続き、 10月下旬には1週間ほど寝込む事になってしまいました。 寝込んだ後、 職場に復帰すると、 子どもたちが 「卒業までよろしくお願いします」 などの寄せ書きをくれたり、 「元気出してね」 との手紙をくれたりしました。 子どもたちなりに私を心配してくれているのがよく分かりました。 保護者の方からも 「がんばってね。」 との励ましの声をかけてもらうことも多く、 だからこそ、 なんとか気持ちを新たにし、 クラスの子どもたちのために、 また、 がんばらなくてはいけないという気持ちでいっぱいになったのでした。 その後、 11月中旬の市体育大会までの朝練や下旬の修学旅行の準備などが続いていきました。 特に2泊3日の修学旅行は本校で初めての取り組みであり、 旅行代理店や宿舎に何度も確認して大変でしたが、 旅行中の子どもたちの満足そうな顔を見て、 ひと安心しました。 旅行が終わり、 旅行でできた仲間意識をどう持続させていくか、 次の学習や活動の目的を何にするか、 配慮や支援を要する子にどう対応していくか、 受験を控えている子の学習の場や時間をどう確保するか、 担任としてしなければならないことはたくさんありました。 考えて、 試してみても、 いい結果がでるわけではなく、 そうしているうちに、 どんどん食欲がなくなり、 眠れなくなっていきました。 結局、 12月中旬から療養休暇を取ることになってしまいました。 4月から療養休暇を取るまでの間、 子どもたちのことを一番に考え、 保護者の方からの相談に耳を傾け解決しようと 、 私なりに努力してきました。 ですから、 指導主事からの話として 「分限調査会にかかる進捗状況にのった。 依願退職願を書かないと分限免職になる」 と私に木村校長が言った時、 私は、 「4月から休むまでのことは、 勤務成績に加味されないのですか」 と聞きましたが、 木村校長は 「市教委は休んだ日数のことしか言っていない。 休む前や復帰してからの勤務状況については報告しなくていいと言われている」 と言うだけでした。  私は数年間の臨時教員生活を経て、 やっと、 正式な教員になりました。 初任者研修、 5年次研修、 10年次研修も修了しています。 療養休暇を取ったことで、 今までのすべてが消え、 私は教員生活を終えなければならないのか、 それも、 自分から辞めるのではなく、 クビになるのか、 今までの私の生活すべてを否定されたと思うとたまりませんでした。 それから、 数回にわたり、 校長室で依願退職を勧める話があり、 最後には療養休暇中に横浜を無断で離れたことを理由に 「依願退職をしないと懲戒免職になる」 とまで言われたのでした。 教育委員会の話として木村校長は3月4日までに依願退職願を書かなければ、 教育委員会の数名の人の立ち会いのもとに最終通告がされると、 私に話しましたが、 私は依願退職をしないことに決めました。 その理由が見つからなかったからです。 私のどこが分限免職になるのか、 その基準をはっきりさせてほしいと思ったからです。 最終通告を受けるために教育委員会に行きましたが、 木村校長が言ったような最終通告はされず、 内藤主事からたくさんの質問をされることに大変驚きました。  私には 「療休日数のことが問題だ、 それ以外はない」 と言っていた木村校長は、 実は私の行動等に関する報告書を市教委に提出しており、 そこには、 いろいろなことが書かれており、 また、 後で分かったことですが、 事実と違うことも書いてありました。 もし、 市教委の指示通りに履歴書に傷をつけないため、 依願退職をしていたら、 どうなっていたことでしょう。 履歴書に傷はつかなかったかもしれませんが、 私は無断欠勤をするような教員であったとの記録が残るのです。 2月24日に新たな気持ちで学校に復帰しましたが、 分限免職になる理由が明らかにならない限り依願退職はしないと決めたため、 調子よくなってきていた体調が少しずつ悪くなり始めました。 眠れない日々が、 また、 続くことになりました。 食欲もなくなり、 ずいぶん体重も減りました。 咳が出て、 声も出なくなったこともありました。 免職を覚悟していたけれど、 クビになったら、 どうやって生活するか不安と恐怖でいっぱいでした。 私の人生、 もう終わりか、 との思いで約一ヶ月間をびくびくしながら過ごしました。 ところが、 進捗状況にのっていたはずなのに、 結局、 私は分限免職にはならず、 横浜市の教員として正式に採用されました。 でも、 同期の教員の中には、 同じように分限免職をちらつかされ、 最後には依願退職願を書く道を選ぶしかなかった人がいました。 今までにも、 何人もの人が同じ選択を迫られ、 ほとんどの人は自ら分限免職を選ばず、 仕方無く依願退職を選んだに違いありません。 上司たちは、 私たちの履歴書に傷がつかないようにするためだ、 などと心配しているようなそぶりをしながら、 結局は新採用者を依願退職というかたちで辞めさせているのです。 夢と希望を持って教育の世界に入った私たちを育てようともせず、 世間の人たちが知らないうちに、 同僚さえ知らない学校の片隅でこっそりと、 私たちを切り捨てようとしているのです。 病気になったという弱みを持った私たちを分限免職という言葉で脅しているのです。 上司や教育委員会は明確な基準を持って、 私たち教員を評価してほしいと思います。 私の味わった苦しみ、 同期教員の味わった無念を思うと、 今でも怒りがこみ上げてきます。 何かの理由をつけて、 弱い立場にいる私たちに分限免職をちらつかせ、 依願退職に追い込むようなやり方を、 私はおかしいと思います。 上司や教育委員会のこんな不透明なやり方に疑問を感じます。 今年度の新規採用者、 今後の新規採用者が具体的な基準を示されることなく切り捨てられることがないように、 提訴した次第です。  勤務校の全職員、 そして上司、 そして、 横浜市教育委員会は、 新採用教員を切り捨てることなく、 育て、 支援してください。 以上です。    2006年4月11日      原告  本多 真味 

 

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