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提訴は時代の象徴だった  ―― 「横浜車通勤裁判」 第六回弁論報告――

 北支部  山 本  理  
車通勤裁判に有利となるような資料を集めてほしい、 との代理人弁護士の依頼で、 組合は分担して資料探しを行なってきた。 その過程で、 寡聞にしてこれまで知らなかった 「交通権」 という考え方を知ることとなった。 これは、 交通手段を自分では持たない高齢者や障碍者など交通弱者の 「移動の自由」 を保証しようという権利概念で、 フランスでは既に 「国内交通基本法」 という法律が生まれていて、 第一条には 「あらゆる人々の移動する権利、 交通手段を選択する自由」 という文言が 「交通権」 という言葉とともに記されている。 日本でもこのように交通権を成文化させようと提唱している、 法律家や研究者による 「交通権学会」 という団体があることも知り、 連絡を取り合うことができた。 残念ながら、 交通権学会の活動とわたしたちの車通勤裁判とは運動において直接の接点はなく、 その意味では、 意見交換という範囲を超えることはなかったのだが、 現在関西で活動をしている学会の方からは 「最近の横浜市政がしばしば現場の実態をみないきわめて一方的な政策を職員や市民におしつけていることは存じておりますので、 今回の施策もまた現場の教職員の方々には非常な混乱と困難を生み出していることは容易に想像できます」 という感想をいただいた。 横浜市の悪政は全国区となって広く知られていることに心底驚いた次第だ。   そのようなエピソードも含みつつ、 横浜車通勤裁判は、 昨年七月の提訴から十カ月、 九月の第一回弁論から計六回の法廷を開いてきたのだが、 過ぎる五月八日の第六回弁論で結審となったことを報告したい。  このことは、 前回の弁論ですでに裁判長が、 特に何もなければ次回で終わりにしたい旨を告げていて、 言ってみれば予定通りに結審としたものである。 しかも、 この間の流れを振り返れば、 「通知は校長宛に出したものだから原告には通知撤回を訴える資格はない」 などという、 市教委側代理人の仰天発言はともかく、 今回の通知は権利侵害にあたる行政処分であるとする我々の主張と、 通知内容は行政の権限の範囲で処分にあたらずと反論する市教委の主張を間に、 そこに裁判長の発言が絡んで微妙に揺れ動く毎度毎度の法廷であったが、 実は最初から一歩も進むことなく過ぎてきたことが、 今となってはよく分かるのだ。 この辺りで結審に、 という感じで、 裁判官たちは当初から考えていたのではないかと思う。 我々としては、 肝心の通知の検討に入りたかったのだが、 そこまでたどり着けずに、 裁判は門前で終わったことになる。 行政訴訟の難しさは提訴前から組合内外で言われ、 また検討をしていたことであるが、 その危惧がかなり現実に近づいたのだとも言えるだろう。  六回の弁論には、 横校労組合員は当然であるが、 がくろう神奈川の組合員はじめ横浜市の教員や市民のみなさんが毎回大勢駆けつけてくれた。 これら傍聴者に共通した気持ちは、 このような通知に対する疑問であり、 反発であった。 簡単に言えば 「どうして行政が勝手に車通勤を禁止できるのか?」 ということだ。 労働者とか生活者という視点を欠いた一方的な命令への不信であり抵抗感である。  それを、 傍聴に来てくれた支援者のひとりは 「今回の裁判は、 意義深いものだったと確信しています。 なんでもかんでも、 上からの令達を受け入れなくてはならないのか、 という命題に対する答えを国家から引きだそうとする裁判だったのだと思っています」 という言葉にして組合に寄せてくれた。 思えば、 現在騒がれている教育基本法の改変も似たようなものではないか。 「国を愛せ」 などと勝手に命ずることの、 おかしさやバカバカしさや醜さ。 そういうことは、 いちいち権力が介入してはならない私的な領域なのだ。 しかし、 今蔓延しているのは、 そういう個人の領域に易々と踏み込んで恥じない力学であるように思える。  そうであるからだろうか。 毎回遠方から駆けつけてくれる市民のひとりは、 横校労の提訴を大変評価してこう言うのだ。 「裁判に勝つか負けるかということが大事なのではなく、 この時代の象徴としての車通勤裁判だと思っている。 提訴は時代の象徴だった」 と。 そう、 きっと私たちはとても息苦しい社会の形成過程に今立ち会っているのだ。 当たり前であることをわざわざ権利として求めねばならないということは、 それほどに、 権利が権利として認められない時代にすでにすり替わっているという苦い認識につながるのである。 だからこそ、 こういう時代にあっては、 何よりも個人の権利を、 繰り返し繰り返し、 愚直に、 声高に主張しなければならないのではないだろうか。

 判決は七月五日 (水)、 十三時十五分に、 横浜地裁五〇二号法廷で告げられる。 我々は幻想を持たない。 と同時に、 臆するところもない。 我々が求めているのは車通勤禁止通知の撤回であり、 撤回の先につながる何かである。 我々に幻想を持つゆとりはないが、 臆してしまう孤立感もない。 この日に、 法廷で会いましょう。
 

 

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