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読者Q&Aコーナー ―― 「ヤンキー先生」 はどんな人? ――
Q  
先生、 こんにちは。 ごぶさたしています。 メールですみません。 今日は、 初任研で義家教育委員の講話を聞きました。 相変わらずアツいですね。 でも、 昨年の教員採用説明会の時と全く同じ内容でした。 教育にマニュアルはない、 と話しておきながら、 本人の語りが見事マニュアル、 という矛盾を感じたのは私だけでしょうか。 (略) 赤田先生のような現場の先生は、 義家委員をどのようにみておられるのですか。 後学のために教えていただきたいのですが。     (某区・新任教員)

A  
あっぱれ!いつクビを切られても文句の言えない新卒教員の身でありながら、 率直かつ素直な見方ができているのはエライ!と私は思います。 世間は、 元教員のなんだか少しよさげのオトコで、 若くして横浜市の教育委員といえば、 それだけで 「ハハァ」 とヨイショしてしまうもの。 口舌のうまさと正義派ぶりに、 思考停止状態になってしまうものです。 戸塚の方にもそんなセンセがいましたね、 ○まわりセンセ?。 そうそうとにかく 「ナントカセンセ」 というのには気をつけた方がいい、 君も知っているように 「センセ」 だけだってけっこう胡散臭いのだから。  さて、 ヤンキー先生をどう思うかって質問ですが、 私は 「熱血勘違いお飾り教育委員」 と思っています。 これが単なる 「熱血勘違い教員」 ならば、 現場で何年か揉まれれば変わりようがあるけれど、 今のままでは彼は 「勘違い」 人生まっしぐらだろうなぁと同情を禁じ得ません。 もちろんタレントとして生きていくためには、 「勘違い」 こそが彼の大いなるウリとなるのではありますが。  彼の 「勘違い」 の基本?は何だと思いますか。 それは 「ヤンキー先生」 と自ら名乗ってしまうところです。 『ヤンキー先生の 「オレにまかせろ」』 (産経新聞連載) なんていわれると、 こちらが赤面してしまいます。 ま、 このぐらいおもいっきり勘違いしないとタレントとしては、 使えないのかもしれませんが。  続いて中身の話ですが、 二つの言葉を重ねたとき 「前の言葉があとの言葉を修飾する」 とか 「前の言葉があとの言葉に比べて分量的には少ない」 ということがあります。 「納豆ご飯」 は、 納豆よりご飯が少なければ 「ご飯納豆」 になります。 これを援用するとヤンキー先生は、 「ヤンキー的傾向をややもった学校の先生」 とか 「学校の先生であるけれど、 成分的には一定程度ヤンキー度が含まれる者」 という意味になります。 ヤンキーという言葉の最近の使われ方を考えると、 自称も他称も 「ヤンキー先生」 ?うん、 やっぱりちょっと恥ずかしい。 そのヤンキー先生、 前掲の産経新聞のコラム 「ヤンキー先生のオレにまかせろ〜ハマの教育委員〜」 (4月17日) で、 君たちの前で話した同じ日のことを書いています。  彼は、 新任教員755人のうち数人が、 自分の話を聞かずに居眠りしていたことをとりあげます。 彼は 「もしかしたら疲れきっている彼らは、 私の話を退屈に感じて寝てしまったのかも知れない。」 と書きます。 そうそう、 そういう謙虚さが大事だよね、 とこちらが思ったのは一瞬。 これは単なるマクラで、 そのあとに 「しかし、 ならば、 疲れているなら生徒の声を聞かなくてもいいというのか。 自分の思惑に合わない生徒の声には耳を閉ざしてもいいというのか。」 と続けます。 すごいすり替えですね。 校正ミスかと思いました (笑)。 このすり替えのカラクリは、 文中 「生徒」 という言葉を 「教師」 に代えてみると、 よく分かります。 事実は単純。 自己顕示欲の激しい彼は、 自分の話を無視して寝ている新人たちに、 実は腹の底からハラをたてているのです。 でもそれをストレートに出せばそのへんのおっさんと同じ。 ひとひねりするのがこの御仁の独特なキャラ。 そこでお得意の 「オレの希望」 である生徒を持ち出して、 居眠り新人教員たちを教育的に断罪しているのです。 これってなんだかんだ言っても、 いつも無意識にいい位置をとってしまう権柄ずくの学校の先生そのもの。 君のいうとおり問題は単純に、 一度で二度おいしい?お話でお茶を濁していることにすぎないんだけどね。 そしてふたつめ、 彼はこう書く。 「自分たちのためだけに、 多くの予算をかけて行われている初任者研修会に主体性と責任を持って参加できないならば、 残念ながら教員としての資格はないといわざるを得ないだろう。」 これもビックリです。 「ね、 これって誰の発言?」 って訊けば、 もっとも多い回答は 「文部科学省の役人」 「教育委員会のひと」 でしょう。 とてもヤンキー?を名のる人の発言とは思えません。 初任者研修のありかたへの疑問も封じ込め、 現場との板挟みに悩む初任者の状況への想像力も皆無です。 そのうえお仕着せの研修に主体性と責任をもって参加しろというのだから、 モノ言わぬ、 モノを考えぬ教員になれ、 ということでしかありません。 ということで、 現場の教員でこういう人を論評しようというヒマな人は、 私ぐらいなもので、 ほとんどの教員はあまり興味ないと思います。     (赤田圭亮)


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