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映 画  「蟻の兵隊」      監督・池谷 薫
映 画  「蟻の兵隊」
     監督・池谷 薫
 中国大陸の在留孤児問題も日本のマスメディアであまり大きく取り上げられなくなってきたここ数年。 歴史的事実を生身の体を通して訴えかける人達の声を聴くことが困難になってきていること自体を意識しなくなってきていた。 そんな時に、 侵略戦争が、 現在にまで引きずっている重い事実を改めて突きつけたのが映画 「蟻の兵隊」 である。
 敗戦時、 中国山西省で降伏した 「北支派遣軍第一軍」 五九〇〇〇人の将兵がいた。 八路軍 (共産党軍) との内戦のために兵力を必要としていた国民党軍の将軍閣錫山からの強い要請を受けた第一軍の澄田■四郎中将は、 保身のために山岡道武参謀長の名で命令を発し、 部隊の二六〇〇人将兵は残留させられて、 一九四九年まで国民党軍と共に八路軍と戦い五分の一の五五〇人が戦死したのであった。 捕虜となり抑留生活を送った第一軍の全将兵が帰国できたのは、 敗戦から一〇年以上経った一九五六年になっていた。 そして帰国してみると、 既に一九四六年には 「現地除隊」 の手続きが取られ軍籍も抹消され、 補償や恩給の対象からも除外されていた。 残留戦闘を命じた司令官二人は当時戦犯の対象になっていたにも拘らず、 閣錫山の計らいで一九四九年には密かに帰国していた。 しかも、 戦った将兵は自ら望んで残留し国民党軍と戦ったのだと自らの責任を回避し続けたのである。
 この映画は、 軍司令官からの命令で、 残留させられたことを立証すべく中国大陸を再訪した奥村和一さんを通じて描くドキュメンタリーである。 軍指令の証拠資料探しの過程で、 初年兵だった奥村さんは、 自分が 「訓練」 で中国人を刺殺したこと、 刺し殺そうとした女学生は息絶えるまで自分をにらみつけたままで、 正視できずにいたことなどを問わず語りに語る。 そのことは妻にもこれまで話せなかったことであった。 当時の同じ場所に立って初めて口をついて出たことでもあった。 しかし、 兵士として住民虐殺したとの思いが、 かろうじて生き残った人の親類からの話の中でいつの間にか、 殺されても仕方なかったのではないかという詰問調の問いになっていく。 そのことに奥村さん自身が気づき、 改めて軍人教育の怖さを自ら語るのである。 また、 兵士に拉致・輪姦された女性が、 六〇年以上経った今でもその時の恐ろしさ、 心の傷を語りながらも、 奥村さんに中国人を刺殺したことを奥さんに話したらどうかと進める場面は我々日本人全てに話しかけているのだろうと感じられるものであった。
 残留させられた奥村さん達は、 帰国後国に対してこれらの歴史的事実を認め補償をもとめて裁判を起こしたが、 その間にも老齢の原告達はこの世を去っていく。 正に時間との戦いでもあるのだが、 これを政府・権力が認めることは、 ポツダム宣言違反を行なっていたということにもなる。 最高裁は、 この六月奥村さん達の上告を棄却した。 しかし、 これは政治や歴史の闇に葬ってしまっていいことではない。 歴史的事実として認めることからしか未来はないのである。
 映画の観客は、 意外にも二〇代の若者も多く、 上映館は限られているもののロングランになっている。 横浜の地でも是非上映したい映画である。     (朝倉 賢司)
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