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●都田小学校退職強要問題

言を左右して自らの責任を逃れようとする木村証人

 横浜・新採用者退職強要裁判傍聴記 第八回口頭弁論報告
 二〇〇七年七月三一日、 横浜地裁で退職強要裁判の八回目の口頭弁論が開かれた。 今回は木村光義元校長が証人となって、 退職強要の事実があったのかどうかが問われた。 木村元校長は自身で弁護士を依頼し、 横浜市教委とは距離をおいて自分の潔白を証明しようとしたのだった。 さて、 その証人尋問の顛末は・・・。 今回は他の組合から駆けつけてくださった方も含めて四人の傍聴記を掲載する。
    (編集部)

信憑性を欠く木村元校長の証言
   春日井学校労働者組合 渡邊 真臣
 この裁判は、 二年前に新採用で横浜市立都田小に赴任した本多真味さんが、 過酷な勤務状態のために療養休暇を取らざるを得なくなった挙げ句、 校長から退職 (依願退職か分限免職) を強要されたことに対する損害賠償請求事件である。 市教委と共に校長を請求の相手、 つまり被告としているところが画期的な裁判だ。
 七月三一日、 初めて横浜地方裁判所に入った。 名古屋地裁の法廷と比べ若干裁判官席が低く作られているように思えた。 それだけでも権力的雰囲気が少しは薄まるものだ。 既に、 横校労組合員をはじめ、 各市民グループに加え、 北九州、 兵庫、 大阪、 高槻、 富山、 静岡、 埼玉、 千葉等全学労組の仲間など、 本多さんの支援者が傍聴席を埋めていた。 その中を、 代理人の藤沢弁護士と本多さんが原告席に着いた。 本多さんが背負っていた大きなリュックの中には一体何がつまっているのだろうかと考えているうちに、 「ご起立ください」 との声がかかった。 周りの人につられてつい起立してしまった。 ふと見回すと、 左に一人座ったままの人がいた、 北九州ういの梶川さんだった (さすがココロ裁判で鍛えられている)。 しまったと思ってすぐ腰を下ろしたが、 時既に遅しであった。
 本多さんに退職を強要した実行行為者・都田小木村校長 (当時) が、 白々しい宣誓の後証人席についた。 先ず、 木村校長の代理人弁護士が尋問、 木村校長の行動は全て市教委内藤指導主事の指示に基づいたものであり、 それ以上でもなければそれ以下でもない旨を証言させた。 証言の中でおやっと思ったことがあった。 木村校長が市教委内藤主事の陳述内容をはっきりと否定した場面が幾度かあったことだ。 こんなことは愛知・春日井ではあり得ない。 現役であろうがなかろうが、 白であろうが黒であろうが、 全て市教委の言うがままの校長達からは絶対聞けない言葉であるから。
 次に藤沢弁護士が尋問、 木村校長の本多さんに対する 「配慮」 の嘘など退職強要の事実を明らかにさせた。 甲第一八号証 (木村校長のメモ、 これを入手していた本多さんは偉い) を基にした尋問では、 木村校長は 「二年前のことですから・・・」 「よくわかりません」 「覚えておりません」 を連発、 挙げ句 「どうしてこれがここにあるんでしょうか」 と言い放った。 本心からでた言葉であろう、 この証言だけは十分に信用できた。
 最後は市教委代理人弁護士の尋問、 ここでもまたおやっと思わされた。 木村校長の行動はあくまで自身の判断で行ったことであって市教委の指示ではない、 とする尋問であった。 つまり校長を切っているのだ。 これも愛知・春日井ではあり得ないことだ。 現役であろうがなかろうが、 バカであろうがなかろうが、 市教委は一〇〇%校長達を守るのが 「愛知の常識」 だから。
 総じて木村校長の証言は曖昧かついい加減であり、 信憑性を欠くものであった。 右陪審からも 「記憶が非常に詳しい部分もあれば曖昧な部分もある」 と指摘されたほどだった。 そのいい加減な校長の証言の度に傍聴席から笑い=嘲笑が漏れた。 しかし、 ただ一人、 にこりともせず木村校長を睨み続けていた人がいた、 原告の本多さんその人だった。
 その眼差しはきっと勝訴を呼び込むであろう、 と思いつつ横浜を去った。

欠席百日でアウトなんてあり?
   中支部 浜田 謙一
 映画や小説と違って、 本物の裁判は退屈だ……そんな先入観ががらりと変わった。 原告の本多さんには申し訳ないけれど、 七月三一日の弁論はおもしろかった。 傍聴席は失笑どころか爆笑の渦。 この日の証人の木村光義校長は、 陳述書に書かれていることさえ忘れてしまうボケキャラ。 まるで喜劇仕立ての法廷ドラマのようなのだ。
 市教委には新採用教員のうちの何人か、 または何割かを退職させることがあらかじめ決まっていて、 たまたま本多さんがその対象の一人になったのだと思う。 欠席が一〇〇日を越えたらアウトだとか、 電話がつながらなかったから行方不明だとか、 理由にもならない理由で退職を迫ったのだ。 しかし 「分限免職」 をちらつかせれば相手が恐れ入ると思うなど人を馬鹿にするにもほどがある。 「分限免職になるような何を私がしたというのか」 との本多さんからの反撃にたじろいだあげく、 まさかの告訴にうろたえて 「悪いのはぼくじゃないもん、 こいつだよ」 と互いに責任をなすりあっているという構図は滑稽だ。 だから、 被告側代理人 (弁護士) 二人の反対尋問も、 互いの足を引っ張り合っているようでいじましい。
 それにしても、 他県の経験があるとはいえ、 新採用者を崩壊学年の主任にすえ、 療休をとらなければならないほどの精神状態に追い込んでおきながら、 「分限免職になる前に依願退職した方がいいよ」 などと言えてしまう校長とはどんな人物なのか。 お人好しで部下思いの、 ちょっと頼りない上司という印象にだまされてはいけない。 法廷でのおとぼけぶりも、 巧みに計算された演技なのかもしれない。
 今回の公判の終わり頃、 女性裁判官がこう質問した。 「依願退職をしたもう一人の新採用者のU教諭は、 年休や療休を合わせてもカバーできずに、 欠勤が一〇〇日を越えてしまったということなのですか?」
 そう思うのが当然だ。 年休や療休が合わせて一〇〇日を越えたら処分されるなんてありか?横浜市お得意の人権はどこに行ったのだろう。

業をにやした裁判官
   千葉学校労働者合同組合 小川 和則
 本多さんが原告である 「免職強要」 の裁判で被告の木村元校長の尋問を傍聴した。 木村元校長の終始ふざけた対応には怒りを通りこして、 呆れるばかりであった。
 その中で業をにやしたであろう裁判官の方が最後に木村元校長に質問した場面は圧巻だった。 それまで、 双方の代理人弁護士の方がいくら質問をしても、 回答に値しない回答や、 自分の記憶喪失をひけらかす対応ばかりだった。 こういった木村元校長の対応も裁判を闘う上では戦術になりえてしまうらしいから裁判というのは本当に難しいと思わされた。
 また、 どう考えてもこの木村元校長の対応だけでも、 十分に勝てる裁判のようにも思えた。 でも 「勝ち負けは別」 という原告側の分析に、 ある種の絶望感を感じた。
 不遜な話になるが、 今回 「木村元校長の尋問」 という意味では楽しめた。 しかし、 同時に裁判そのものについての不信感が一層深まってしまったのも偽わざる心境である。

三つ巴裁判!
   学校労働者ネットワーク・高槻 長谷川 洋子
 やっと本多さんの裁判を傍聴することができた。 インターネットで横校労と出会われ、 すぐ行動に移されたり、 校長メモとか、 本多さんの行動力はすごいなと思っていた。 今回は願いが叶ってうれしい。
 公判が始まった。 本多さんは、 中南米で出会うバックパッカーみたいで親しみが持てた。 大阪の法廷にくらべヨコハマの法廷は静かで上品だなあとユラユラ見ていたが、 市教委側の弁護士の、 被告校長への反対尋問が始まり、 ブッとんだ。
 うわっ三つどもえ裁判だ!
 弁護士はツッコミ系で、 突然あらわれた校長メモへイライラを隠そうともせず、 鉄砲玉のようにしゃべりたてた。 まるでテレビのドラマみたい。 被告校長は、 一貫性のない答弁をして失笑をかっていたが、 これは彼の作戦なのだろうか?
 私たちは、 三年間休憩時間裁判にとりくんできた。 今秋、 いよいよ判決だ。 行政訴訟はなかなか原告を勝たせてくれないのがつらいが、 横浜のグーチョキパーゲームのような展開だと、 頭脳戦で勝つことができるのでは。 悠々とした本多さんと、 シブくて賢くて強力な横校労の面々を拝見し、 明るい希望が持てた。

前東山田中学校大沢教諭処分への不服申し立て
 第一回人事委員会公開口頭審理傍聴記
 ほぼ四〇名の傍聴席満席状態のなか、 被処分者である大沢申立人の冒頭陳述が実施されました。 修学旅行中、 深夜の生徒指導を終えたあとの若干の飲酒に対してなぜ減給三ヵ月の処分を受けなければならないのか、 処分の不当性を心のそこから訴えるものでした。 勤務時間外の飲酒がなぜ処分対象になるのか、 校外行事中の時間外勤務とはいかなるものなのか。 触法行為はともかくなぜ通常の飲酒が処分対象とされるのか。 公務員として自覚を 「著しく」 もつがゆえに、 休憩も全くなく連続二〇時間以上の勤務をこなしてきているのであり、 処分理由には該当せず、 不当な処分であるということを改めて訴えるものでした。 次回は申し立て人側からの証人である横浜学校労働者組合の赤田圭亮さんとがっこうコミュニティユニオン・あいち (アスク) の岡崎勝さんに対する証人尋問を予定しています。 日程は一〇月三〇日午後三時から五時、 場所は横浜市人事委員会です。 ぜひ傍聴を。
                                                                            (編集部)

 

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