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書評 「わたしたちの教育再生会議」  ―現場からの批判と提言―
  現場からの率直な声に耳を傾けて欲しい
  「わたしたちの教育再生会議」  ―現場からの批判と提言―
  発行 日本評論社 184頁
  本体 1, 524円 + 税
  「特色のない学校、 普通の教育、 みんなの生活の場」 でいいんじゃない!
 編集人の岡崎勝氏による巻末の小見出しに表現されているこの思いは、 「再生」 しようとする 「教育改革」 論に対する現場に従事する者からの自然な表現である。
 安倍前首相の主宰による 「教育再生会議」 は、 主宰者自身だけでなく再生会議室長義家弘介の 「華麗なる転身」 ともいうべき放り出しによって、 体を成さなくなってしまった。 しかし、 安倍前首相の空虚な 「美しい国日本」 のスローガンの下強行された教育基本法の 「改正」 の事実は、 現実をいやおうなく規定していきつつもある。 教育再生会議にしても、 形式的にはこれで雲散霧消というわけにはいかず、 報告書を受けた形で文科省がこれを利用しつつ誘導していくこととなろう。
  「こころの科学」 誌は、 いうまでもなく現代の諸事象を精神医学的アプローチによって分析しようとする雑誌であるが、 ここ数年増刊号として教育、 その中でもこれまであまりマスメディアで焦点を当てられることのなかった現場教員の立場からの教育をテーマに、 相ついで二号増刊号として発行している。 『やさしい教師学入門』 (二〇〇二年) と 『一〇〇万人教員のためのやさしい悩み事相談』 (二〇〇三年) がそれである。
 今号の 『わたしたちの教育再生会議』 は、 前二号に引き続き岡崎勝・赤田圭亮両氏の共同編集による三号目となるものであり、 各筆者はいずれも現場の学校で教員等の立場から日々子どもたちと関わりながらも、 鋭い問題意識で現状を批判的に分析し行動している人達であることは重要な意味をもっている。
 本号は、 T教育活動はどう変わるのか U学校教育制度はどうなるのか V教職員と親の生きる道の三部構成となっている。 巻頭の編集者両人による対談では、 近年の教育改革の非現実性、 想像力の欠如等について小中学校で三〇年を越す現場経験から、 あくまでも現場の感覚で総論的に再生会議の問題点を鋭く切っていて小気味よい共感を得ることができる。 これに引き続くコラムでは、 廣田照幸氏が短文ながらも、 「公の性質」 についての教育の目的や内容といった側面と共に 「近年の教育改革の大きな部分は、 『小さな政府』 をめざす構造改革派が推進してきた行財政改革の一環に位置している。 財政支出を削減したり、 支出増加を抑制して効率化したりする、 という目的こそが至上命題となっているといえる。」 と論断している点は、 現場からの批判を展開する上でもたえず押さえておかなければならないものであろう。
 また 「教育とグローバリズム」 と題し、 佐々木賢氏は各国の教育民営化が教育企業のためにあるとし、 「米英の教育改革を見倣う日本の教育再生会議の目的は、 市場化と利権拡大にあると思われる。 (中略) 教育企業は利益をあげ、 買収劇を経て、 最終的に超富裕層をさらに太らせる。 目的が企業の利益なら、 再生会議の 『学力向上策』 に期待するのは止めたほうがいい」 「教育民営化は企業を利し、 国民の生活を圧迫する」 と結論付けているのは同感である。
  「教育再生会議」 が教育改革の具体的項目としてあげている各項目について、 T、 Uの各章二四にわたり現場教員の立場から論じているが、 再生会議の出してきた内容がいかに空理空論か、 井戸端会議どころか、 バス停での立ち話・放談程度のものでしかないことが改めて実感される。
 本誌の最も特徴的な内容は、 Vの 「教職員と親の生きる道」 であろう。 @無給労働と超過勤務 A休憩も取れない現場 B管理職の増員をめぐっての項は、 働く者としての貴重な観点である。 また、 親の立場、 親と学校の関係についても各筆者の文章は読み応えがある。
  「結論!教育再生会議を喘う」 と題した岡崎勝氏は 『「美しい国」 へ向かう教育は 「毒リンゴ」』 として、 これが別に目新しいものでなく、 古くからの政府主導型 「国家のための教育」 を進めていこうとする思考パターンであることを分析している。 そして 「教育再生会議こそ民営化し、 『朝まで生テレビ』 (コマーシャル入り) でやっていただきたい。 現実の 『いま、 ここにある学校』 から、 私たち現場人は始めるしかない」 と結論づけているのは現場からの正直な声の代弁である。
 精神科医の滝川一廣氏が 「長い歴史尺度で眺めるかぎり、 学校 (公教育) 制度は本来の役割を果たし終えている。 学校制度とは近代化推進の社会装置、 統一された国民国家と産業社会を作り上げるためのシステムとして生まれたものだったからである。」 と制度面について論じるとともに、 「現代社会では子どもたちの共同体験の大半を学校に依存している。 その学校における長い生活時間を子どもたちと関わり続ける教員が、 心身にゆとりをもって関われる方向の改革が目指されているのか、 いっそう業務に負われてゆとりを失ってゆかざるをえぬ方向に向かっているのか (わが子のためにどちらを望むのか)、 親をはじめ大人たちはもっと関心を払わないと、 危うい。 子どもたちの日々の生活の場として学校を大切にする気持ちを、 いまの社会はともすれば忘れている。」 との言に耳を傾けて欲しい。
                           (朝倉 賢司)                          
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