●ホーム●ニュース●Q&A●07.12
横校労ニュース
トピックス
●読者Q&A
〜 「主幹教諭」 は戦後の学校文化を終焉させる 〜

 ご無沙汰しています。 (略) 先日校長に、 来年度、 主幹教諭になってくれないかといわれました。 今年から13学級以上の学校では主幹教諭を4人にするんだとか。 (略) 私は、 管理職試験を受けるつもりもないので、 困っています (今は学年主任をしています)。 何かアドバイスしていただけるとうれしいのですが。 (略)                                                         (緑区・中学校・49歳)

 最近、 あちこちからそんな話をききます。 導入からこれまでの2年間は、 だれが主幹教諭だかわからないような学校も多かったようですが、 3年目を前に人数を増やして6人による校内の指導体制を強固に確立していこうということなのでしょうか。
 主幹教諭制度について少し概括的に流れを見ておきましょう。 戦後の学校体制は、 いわゆる 「鍋ぶた構造」 と言われ、 当初はたった一人、 校長だけが管理職で、 これが鍋のふたの 「ぼっち」、 残りの教頭以下の教諭は、 すべて 「ヒラ」 = 「ふた」 という形でした。 70年代初頭になると、 教頭が法制化され、 管理職が二人になりました。 そして70年代半ばから全国で主任制が導入、 それまであった主任に一日200円を月15日間支給して制度化が進められました。 横浜でも当時主任制反対闘争として 「主任にならない署名」 を浜教組分会が集めたりしました。 (闘争が終わったら分会長が率先して主任なるなんて逃走?もありましたが)。
 以来30年近く経ちましたが、 今では主任制は手当支給がストップされ、 形だけが残っています。 主幹制度を最も早く取り入れた東京都では、 主任制が機能していないという評価から、 国に先んじて 「新しい職」 としての主幹を導入、 手当ではなく新給料表をつくりました。 戦後60年で初めて学校に新たな職がつくられたわけです。
 神奈川、 横浜の総括教諭、 主幹教諭は都の後塵を拝してつくられたわけですが、 ここ2年あまりの様子を見ていると、 都がおこなった主幹導入の強引さ (主幹昇任試験の実施や都全体での辞令交付式など) をしっかり総括し、 定着するまでは波風立てずに・・・という形で進められてきました。 手元にある教職員名簿を見ると、 各学校、 管理職の名前の下に今までは年長者の教諭から順に並んでいた名前が、 1〜3人の主幹教諭の名前が先に書かれています。 中学校だけですが、 名前を見てみるとけっこう知り合いがいます。 昔から上昇志向の強かった 「好かん教諭」 もいるにはいますが、 どちらかというとあまり上昇志向のない穏やかな 「酒燗教諭」 の方が目立つ感じもします。
 これは、 管理職が職場秩序を維持したいがために、 人望のある年配者を主幹教諭に配置したというのが実態でしょう。 こうして横浜では、 主幹教諭は意外に静かに職場に受け入れられたと言えます。 一つの教委にしてはとてつもない数の学校を擁する横浜だから、 規制がきかない分できたことですが。
 しかし問題はこれからです。 主幹教諭の意義は 「校長を補佐する」 ことです。 主任はあくまで 「教諭」 でヒラなのですが、 主幹教諭は 「主幹教諭」 が職名で、 給料が歴然と違います。 ボーナスにも差が出ます。 訃報だって 「主幹教諭」 と明記されます。 そういう人が増員される。 2人が4人になって管理職とタッグを組むことになります。 そのうえ、 今まではとなりの先生が主幹教諭になったのですが、 これからは主幹教諭が転勤してきます。 職場に何のしがらみもない 「管理職3分前」 の人が、 それなりの権限と意識をもって現れてくるわけです。 形だけであった組織図も、 主幹教諭中心に実質化していくことでしょう。
 結論として、 主幹教諭の導入は、 人事評価制度の導入と合わせて、 戦後の学校でつくられて教員きた文化のようなもの=ヒラ教員の協業体制を壊していくのだと私は考えています。 非効率的ではあるけれど、 互いのミスを補い合いながら、 集団として子どもたちに対していくという文化の終焉が間近いということです。
 さて、 あなたがどう判断するかはわかりませんが、 学年主任と違って主幹教諭になれば、 学担になることはこれからもうないでしょうし、 管理職からは管理職試験を受けるよう指導されることになるでしょう。 管理職にとっては、 後進育成も重要な仕事なのですから。
 今年から始まる団塊世代の退職で、 10年も経てば教員の半分以上が入れ替わります。 学校はドラスティックに変わっていくでしょうねぇ。 その中で、 たとえば組合はどうなっていくのでしょうか。 現場では勤務条件についてモノをいう人がどんどん減っています。 超過勤務は野放し状態です。 休日出勤すら意義や目的があれば当然、 などと考えている管理職もいますし、 特色づくりのためには、 教員を踏み台にすることなど辞さないという管理職も。
 50代半ばにして青臭く、 かつ古くさいかもしれませんが、 私はそんな中でいま、 教員として、 学校労働者として 「おまえはこれから残り数年、 どう生きていくんた?」 という根底的な疑問を突きつけられているような気がします。

追伸
 主幹教諭は、 辞めようと思えばすぐに辞められます。 一部で 「一度なったら辞めるのは大変だぞぉ」 などという向きもありますが、 横校労は導入時に教職員人事課との交渉で確認しています。
 それから、 都教委が今いちばん困っているのは、 主幹のなり手がいないことです。 それからこれはオフレコですが、 「ハイ!ハイ!」 と手を挙げる人に人望と能力のある人が少ないことだそうです。
                                                                         (赤田 圭亮)

©1999-2005 横浜学校労働者組合
本サイトの内容を無断で他に転載,複写する事を禁じます。