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人事評価制度はすでに破産

 新給与制度は上 (県教委) から下 (校長、 主幹・総括教諭) までルーズな辻つま合せだ
 主幹教諭制度と新給与システムは校内格差拡大の元凶

*すでに職場は分断されている
  「・・・十二月期の支給に向け、 制度理解を一層推進することの必要から評価者研修の充実を要求するなど、 市教委・評価者への制度理解の徹底を強く求め交渉していくことが重要です。 協力・協働の職場体制を維持し、 職場の分断は許さない観点から実態を把握し、 神教組に強く意見反映を行っていくことが大切です。」
 職場の分別用紙入れから拾った用紙 「分会討議資料」 と書いてあったもの。 何度読んでも意味不明な文章である。 前段の 「制度理解」 は、 誰に求めているのか。 市教委や管理職に求めているようであるけれど、 正しく 「理解」 すれば今度の新給与体系はいい制度となるのか。 後段の 「維持し」 「把握し」 「行っていく」 の主語はそれぞれ誰なのか、 私には、 主語となる人々がどこにも存在しないから、 省略されたと思えるのだ。
 これを書いた人の幹部のアタマの中には、 すでに雲散霧消してしまった旧態依然の鍋ぶた構造の学校があるようだ。 ボッチとしての管理職が二人。 あとはすべて一列横隊に並ぶ教員。 そんな学校は、 もうない。 教員に限っても、 校長・副校長・主幹教諭・教諭の正規労働者と臨時的任用教員・非常勤講師・ALTなどの非正規労働者。 職場は、 すでに細かく分断されている。 そしてこの冬、 勤勉手当ばかりか昇給制度の変更によってさらなる分断が進められる。 黙ってみていていい話ではない。
* 主幹教諭の九割が、 S、 A評価に
 私は、 六月期の勤勉手当への評価反映の際 「校長が、 主幹教諭や年齢の高い層に高評価をした場合と、 若い層やヒラ教員中心に高評価した場合では、 必要な原資に大きな差が出るのではないか」 という素朴な疑問をもった。 というのも、 校長の人事評価は、 自然と学校の中心を担っている主幹教諭に高くなるのが当然、 と考えたからだ。 ずいぶんと県は太っ腹だな、 と思った。
 ところが、 違った。 県教委はただ単に校長の思考傾向が読めなかっただけだ。 伝え聞くところによると、 県内の総括教諭 (県) ・主幹教諭 (横浜) の九〇%以上がS、 A評価となっているとのこと。 さすがにこれでは県もたまらない。 このまま十二月期も、 給料月額で一万円以上も違う (私の年齢の一例で) 主幹教諭の九割に八七・五% (S)、 あるいは八〇・五% (A) の評価をすればどうなるか、 自明のこと。 これに対して県の対応策は、 総括教諭・主幹教諭の評価規準は一般教員とは違うはずだから、 もっと厳しく査定すべしとの現場まる投げ方針を地教委に伝えているようだ。、 また当然のこと、 明示されている人数よりかなり絞ってくるだろう。 さらにS、 Aともに調整可の者をそれぞれ一名ずつ指定せよとしている。 要するに、 S、 Aそれぞれの段階の最下位の者を校長に指定させ、 調整のためのフリーハンドをもとうとしているのだ。 横浜だけでこれが一〇〇〇人にもなる。 こういうのをご都合主義と言わなくて何と言うのか。
 困るのは、 校長である。 教諭の評価方法すらまだ固まらず手探り状態なのに、 総括教諭・主幹教諭の評価規準なんて言われても、 雲をつかむような話。 しかし、 ここで悩むようでは校長にはなれない。 原理より実利で考えるのが校長の思考傾向、 「今回は主幹教諭には少し我慢してもらうしかないな。 まあ、 その分給料高いんだから」 という、 こちらもご都合主義がまかり通ることに。  
 更に杜撰なことに、 一年間かけて行う人事評価とは別に、 今度の十二月期の勤勉手当は、 六月から十二月までを評価して行うとか。 期末勤勉手当は、 十二月一〇日支給だから事務的な手続きを考えると少なくとも支給前一ヶ月半は必要とすると、 評価期間は六月から一〇月半ば。 この期間で校長は職場全員を評価しなければならない。 同じ人間が、 六月までと一〇月までで、 何がどう変わるというのか。 一度も面接もせずに、 授業も見ずに評価するということも大いにあるかもしれない。 評価制度などどこかへ吹っ飛んでしまい、 ただただ職場内の数字合わせ、 先にありきの状態となっているのである。
* 新たに導入の新昇給制度はさらに不可解
 勤勉手当の評価結果は、 ボーナスの明細書に 「成績率」 として示されるが、 〇九年一月から導入される新昇給制度の結果〜人事評価の給料への反映〜は、 昇給辞令に印刷される。 そこに6号給アップと書いてあれば最上級のSランク、 5号給アップでAランク、 4号給でBランク、 3号給であれば 「やや良好でない」 とされCに、 それ以下のDは昇給もない。 同時に今までの普通昇給 (定期昇給) と特別昇給は廃止される。 つまり年齢に応じて給料が上がるという年功序列賃金システムは、 原則的には消滅したということだ。
 このシステムは、 二年前に、 従来の1号給を四等分した新給料表を元としている。 6号給上がるということは、 今までの定期昇給分 (4号給) と6短 (2号給、 六ヶ月の昇給短縮) が一緒になっているということである。 だから結果としてBランクが従来の定期昇給分に見合うということになる。 しかし、 従来の 「特別昇給」 は廃止されているから、 たとえBであっても減給となってしまうのである。 逆に二年続けてSランクともなれば、 二年で三年分、 つまり12短が実現、 差はどんどん開いていくことになる。
 また、 勤勉手当はS、 Aの区分がそれぞれ一〇%、 三〇%とその数が決まっているが (もちろん県教委は原資不足を理由にこれを勝手に変えてくるのだろうが)、 新昇給制度も同様で、 Sが五%、 Aが二〇%となっている。 私たちは二つのシステムで職場内相対評価の対象となっているのである。 新昇給システムでは七五%が、 従来の定期昇給分だけとなって、 特別昇給を奪われ、 実質賃下げとなる。 その分が職場の中の上位二五%に配分されるということになる。 三〇人の職場なら一人がS、 六人がAで賃上げ、 残りは賃下げということである。
 さらに、 こちらの評価の元となるのは、 すでに提示されている〇七年度末、 つまりこの三月の人事評価である。 それも従来の教科指導、 教科外指導、 学校運営のそれぞれ五点満点に、 「意欲」 の五点を合わせて二〇点満点とし、 平均が四・五〇以上の人間をS評価とするのだそうである。 最も評価しにくい 「意欲」 が四分の一を占めるきわめて恣意的な評価と言わざるを得ないし、 相対評価なのだから今年度からは、 校長は人を決めてから数字を操作することになるだろう。 こんなでたらめなシステムなのである。
 勤勉手当は、 直近の七月から一〇月半ばの途中の評価、 昇給は前年の評価、 全くわけがわからないシステムである。
* 職場はどう変わっていくのか 〜 教員編
 いったい、 こうした人事評価の給与への反映で、 わたしたちの職場はどう変わるのだろうか。 同じ年齢でも、 年を経れば経るほど給料に差が出てくる。 今でも主幹教諭と一般教諭との差は歴然としているのに、 勤勉手当てと毎月の給与への反映はその差を更に広げる。 給料だけでなく、 そのまま年金や退職金まで大きな影響を及ぼすのだ。 学校もまたすさまじい格差社会へ移行しつつあるのである。
  「協力・協働の職場体制」 は早晩崩れていくだろうし、 ずたずたに分断されていく。 小学校では、 三〇歳代の主幹教諭がかなりの数いるし、 三一歳という若さの者もいる。 なるべく良い評価をもらい、 早く主幹教諭になって、 同期との差を広げることが目的となる。 評価を下げる要因は取り除かなければならない。
  「・・・他の教員より早く帰るのはよそう。 朝はなるべく早く出勤だ。 出退勤は副校長とアイコンタクト。 何が定時退勤だ。 だまされないよ、 そういうのに。 クラスの問題はなるべく粛々と解決、 管理職には迷惑をかけないように。 市の研究会に顔を出した方がいいけど、 部活動もある程度やっておかないと。 何しろ総合評価だからな。 そうだ、 難しい不登校の生徒は勘弁だな。 もつなら簡単に登校してきてくれそうな生徒がいいな。 結果が見えることが大事。 フリョーはいらない。 あいつら時間ばっかりかかるし。 休日出勤?管理職から頼まれれば断らない。 とにかくアグレッシブに 『意欲』 を前面に出す。 親の評判も大切。 Pの宴会ははずせないな。 組合?かたちばっかりだろ?でもまだ辞めるのは早い。 組織率が半分ぐらいになったら堂々と辞めてやろう、 だいたいなにもしないのに組合費、 高いんだよな。 とにかくまず主幹教諭になるのが先決。 なっちゃえば降格はないし、 あとは副校長になるだけ。 組合だって 『主幹教諭になるな』 とは言っていない。 主幹教諭にならなければ管理職になれないんだから、 当然だよな。 そうそう管理職になる気がないのに主幹教諭やっている人って、 ちょっとメイワクだな。 でもいったん上がった給料を下げる人なんていないか。」
 こんなわかりやすい教員はいない。 でも・・・普通の教員がこういう発想になっていくシステムであることは間違いない。
* 職場はどう変わるか〜管理職編
 この新給与システムの最大の問題点は、 評価時点、 評価期間、 評価規準など人事評価システムが、 公平公正に給与に反映する一貫性がないこと、 その評価を基本的には校長一人に担わせていること (一人の校長が学校によっては五〇人以上の教員を評価するのは不可能)、 評価結果が具体的でなく、 かつ基本的に相対評価のため労働意欲を増進するものとなっていないこと、 が挙げられる。
 なかでも、 そのほとんどを担わされる校長の責任たるや、 すさまじいものがある。 一般企業ならば、 直接的に三〇〜五〇人を一人が評価することはあり得ない。 多くは直属の部下数名を評価するのである。
 通常業務に加えて、 一人ひとりの生活に直結する人事評価をするとなれば、 生真面目な校長なら、 ていねいに授業を見たり、 面談をしようとするだろう。 しかし小学校ならば、 ある程度は業務の全体像がつかめるが、 中学、 高校となると授業を見るにしても 「雰囲気」 をみるだけ。 技能的専門的な工夫などはわからない。 子どもたちに活気があって、 よくまとまっている感じ?てな具合の印象評価にとどまるしかない。 それでも評価はしなければならない。 そこで校長は考える。
  「・・・さて資料は集めたけれど、 教科指導、 教科外指導、 学校運営、 意欲・・・みんな一所懸命やっているしなぁ、 これを先に評価しちゃうと、 SとAばっかりになっちゃうんだ。 とにかくSとAは、 勤勉手当は四〇%、 新昇給制度は二五%だ。 大事なのはこの相対評価のバランスだな。 主幹教諭のA先生は今年五五歳の誕生日がきたか。 これで昇給スピードが落ちるんだな。 勤勉手当は前回Aだったから、 その分Sにしてやろう。 そうなると、 評価をひとつは4にして二つを5にすると・・・平均4・5点を超えるからOK。 こっちの主幹教諭は、 転勤してきたばっかりだからまだBでいいと。 まぁ、 一年目どのくらいやるものかみせてもらおう。 六月にAをつけたヒラ教諭のC先生、 いつもいい表情しているなぁ、 がんばってるみたいだからこんどはSにして、 あんまり働かない主幹教諭のD、 在籍が長いから前回Sにしたけど今度はAだな。 昇給の方もAだな。 いくら出来ない主幹教諭でもBをつけるわけにはいかない。 だいたい誰だよ、 ったくあいつを主幹教諭にしたのはぁ。 たいへんたいへん、 こんなことを一人ひとりやっていたら夜が明けてしまう。 ああそうか、 まずプラスの四〇%とマイナスの六〇%のグループをつくってしまえばいいんだ。 あとは勤勉手当の四〇%のなかで、 昇給制度の二五%を勘案しながらぐるぐる動かしていく。 誰かが転勤で出て行ったら、 六〇%グループから一人引き上げると・・・。 意外とこれで職場は活性化していくかもしれないな・・・。 でも、 これって公平公正な評価と言えるか?」
 気がつけば、 目標設定やそれに基づく面談、 指導なんてどこへやら。 まず相対評価ありき。 生徒への観点別絶対評価ほどにも資料的根拠もなく、 説明などできやしない。 いわばバラマキのご都合主義。
 こんなでたらめな制度が導入されるというのに、 表面的にはどこからも怨嗟の声が上がっていない。 筋の通らないどろなわでてんとして恥じない県教委、 職場にまともな説明もしない校長、 裸の王様の洋服屋のような組合、 自分の分だけはしっかり確保している主幹教諭・・・馬鹿を見ているのは誰だ?
* 主幹制度と新給与制度は職場壊しの両輪
 いったいこんな給与制度から何がつくられるというのか。 いったい誰が主幹教諭を求めたのか。 誰が、 同じ年齢で年間二〇万円以上も差がつく給与制度を求めたのか。 学校という独特の組織のあり方を効率優先に変えようとする人々が、 馬の人参よろしく競争と格差を現場に導入すれば、 教員は意欲的に働くと考えたのだ。 その意味で、 主幹制度と新給与制度は職場壊しの車の両輪なのである。
 そうしてほとんど何の反対運動もないまま、 横浜では一七〇〇人を超える主幹教諭が静かに誕生した。 校長からの推薦を 「断った」 のは、 ごくわずか。 唯々諾々と主幹教諭になっていった人々の多くは浜教組の組合員である。 組合員自らが、 組合の中に格差をもち込んでも、 何の問題にもならない。 たとえ組合費が同額であってもだ。 幹部は、 あたかも協力・協働の職場が存在し、 「分断を許さない!」 と言上げする。 組合員は、 高い組合費を同じように払って、 その格差を受け入れる。 それって労働組合?そして今度は勤勉手当、 新昇給制度。 馬鹿場しくってやってられない、 とは思わないのか。
 さあ、 職場にかかっている薄い皮を一枚剥いでみよう。 そこには三年前とは全く違った風景が広がっている。 長年続いた年功序列賃金は完全に崩れて、 時間が経てば経つほどその格差は広がるばかりである。 わずかにあった学校の協働の文化は、 数年で崩れていくだろう。
 もう一度言う。 誰が、 新給与制度を求めたのか。 誰が、 主幹教諭を求めたのか。 現実を見るとあながち行政の押しつけとも言えないような状況が職場にあるのではないか。
 どんな学校をつくりたいのか、 どんな働き方をしたいのか、 どんな仲間のつながりがほしいのか。 もう、 誰もそんな理想や希望を語らなくなった。 それでも今一度問うてみたい。 あなたはどんな教員として生きていきたいのですか。
                                          (赤田 圭亮)                                                     

 

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