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横校労ニュース
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●連載「学校の風景」
私の年頭所感
  これからは働き方を変えなければと思った。
 人の心配をしてよけいに仕事を背負い込むようなやり方はもうしない。背負い込んだ重さに耐えられなくて悲鳴を上げてしまうのは自分だけで、誰も助けてはくれない。様々な雑事、これくらいしかできないからと引き受けていた小さな仕事が机の上に溜まって身動きならなくなっている。
 聞き流す、受け流すことに徹しようと思った。子どもの悪態、保護者の苦情、ひとつひとつ気にしていたら身が持たない。まして人の批判や評価は当てにはならない。評価を気にするのは主幹教諭とか管理職とかを狙う人にまかせればいい。きりきりしないで、上がることのない給料分の仕事を、ひっそり静かにしていたい。
 新しいことはしない。膨大な情報が学校のパソコンに入っている。昨年の実施要項の日付を変えてすましていよう。これでもかとある仕事量をこれ以上増やす必要はない。
 難しい子どもは引き受けない。難しい保護者も引き受けない。「大変ね」と声をかけてくれる人はいるけれど、所詮は他人事、苦しい思いをして、力の無さを嘆いてもどうにもならない。人は変わりようのないもの。教育でなんとかなるなんて、幻想というか妄想というか。三〇年教員をやってきての実感だ。それならば、他人にまかせよう。自分の力を誇示したい若者たちが大勢いる。
 教師の矜持なんかは初めからもっていない。教師の仕事は協業といわれる中で、より良く生きたいという気持ちはあったが、階層化が進む職場の中で、それも虚しい。
 働き方を変える――それが私なりのサバイバル術だ。
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