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〜「トイレ清掃」 って何が目的なのかわかりません〜 

 (略) 環境指導部だから 「おまえ行ってこい」 と言われて、 「トイレ清掃」 の出張に行ってきました。 (略) 掃除をしてトイレをきれいにすることが目的なのか、 トイレ掃除を通して 「何とか力」 をつけることが大事なのか、 よくわかりませんでした。 聞いているだけだと 「きれいにする」 というのは結果で、 取り組もうとすることが大事なように聞こえました。 でも、 あれだけノロウイルスが問題になったり、 体温チェックまでやっている新型インフルエンザ騒ぎがあったのに、 マスクも手袋もつけなくていいというのはちょっとよくわかりません。 トイレ掃除が一概に悪いとは思いませんが、 こんなふうに始まるのには違和感があります。 (略)
    (青葉区・中学校教員・31歳)

 結論から言います。 これもまた、 アタマの悪い人たち (=現場への想像力が欠落した人々のことです) の思いつきですね。 あまたある明確な方向の見えない横浜の教育改革、 例えば2学期制や横浜市歌、 小中一貫教育、 小学校一年からの英語教育なんかと同じです。 管理職は立場上、 マジメにやりそうな顔を一応はしますが、 学校というものがなんたるものか、 少しでもわかっている人は、 テキトーにお茶を濁そうとするはずです。 その意味で、 センスのある管理職と困った管理職を選別するにはいい政策かもしれません。 いつものことですが、 現場で大切なことは、 たとえ 「天の声」 であろうと、 現場の文法や用語法に即して堂々とカンコツダッタイしていくことです。
 結論だけでは面白くないので、 このすばらしい思いつきについて少し考えてみましょう。 まず、 初めに言っておかなければならないことは、 こんなレベルのことをトップダウンでやるなよ、 しかも現場より先にプレス発表をやるなよ、 ということです。 市内500余校に向かって 「トイレ掃除をしましょう」 はちょっと恥ずかしい。 このレベルの問題は、 各学校の創意工夫に任せるのが、 教育行政の常識ではないでしょうか。 仰々しくA4版8ページもの立派な教員向けリーフレットまでつくってやることではありません。 このリーフレットづくりや担当者全員を集めての会議にはお金を掛けるけれど、 「トレイ掃除」 には予算は一切つけないというのもすごい。 教育委員会は、 表に見えるところはいつもスマートでカッコいいですね (笑)。
 さてこのトレイ掃除の根拠。 浜教組の役員までが入っていた 「横浜教育改革会議」 の答申に提案3というのがあり、 「公共心・規範意識など豊かな心を育む」 とあります。 その具体的方策14に 「学校でのトイレ掃除など自分を含め皆が使う場所の清掃活動や地域清掃の推進」 が上げられています。 笑ってしまうのは、 「豊かな心=公共心・規範意識」 という短絡した図式ですね。 これは、 小渕元首相の時の教育改革国民会議で強調されたもの。 小説家の曾野某が 「誰のおかげで現在のような豊かな生活ができているのか」 と国民を叱っていましたね。 それが安倍政権のときには、 義家弘介なんかが委員を務めた教育再生会議でさらにフレームアップ、 そのまま横浜の教育界では今や金科玉条扱いの横浜版学習指導要領、 その 「知・徳・体・公・開」 の 「公」 にまでつながっているのです。 政治も経済も教育までもメチャクチャにしてきたこの国のリーダーたちは、 自らの責任を振り返ることなく、 国民が 「公」 を軽視するのが我慢ならないのです。 なんとしてでも国民に 「公」 に感謝する気持ちをもたせたい。 そのために 「君が代」 や 「横浜市歌」 を歌わせたいし、 歌わない教員は処分するわけです。
 彼らにとっての 「豊かな心」 とは、 「公」 に感謝の気持ちをもつことであり、 それは人々の隣人との豊かな関係より優先されるようです。 企業の都合でクビを切られた若者を自己責任と切り捨て、 人とのつながりより、 競争が人を育てるとうそぶく人たちの発想です。 その発想は、 リーフレットの中で 「児童生徒がトイレ清掃を行うことについての児童・生徒指導上の背景」 として学校での 「器物損壊」 が増えていることをグラフで示していることでもわかります。 学校での器物損壊は 「公共心や規範意識」 が薄れているから増えているのだという 「分析」 がここにはあります。 それほど単純なものではありませんし、 逆に言うならば公共心や規範意識が薄れているのはなぜか、 という疑問がたてられなくてはならないのではないでしょうか。 80年代に起きた中学生による横浜浮浪者 (ホームレス) 殺傷事件のとき、 小林という教育長は加害者の生徒たちに 「犬を飼わせればいい」 と発言しました。 同様の短絡思考というしかありません。
 短絡は更なる短絡を呼びます。 リーフレットは 「清掃活動で伸ばしたい能力」 として 「公共心の醸成」 「規範意識の醸成」 「自立心の醸成」 「感謝の心の育成」 「段取り力の育成」 「役割を果たす力の育成」 「達成感の育成」 「協力する力の育成」 となんと8つもの 「力」 をトイレ清掃がつけてくれるというのです。 一銭のお金も出さずにこれだけの 「力」 がつくとしたら、 横浜市教委はある意味、 超優秀な錬金術師と言えますね。 でもその中に、 「清掃力」 が入っていないのはどういうことでしょうか。 その答えは、 リーフレットのQ&Aにあります。 「Q児童生徒が行うトイレ清掃と学校用務員の行うトイレ清掃とで、 目的はことなるのですか?」 の問いに 「A児童生徒による清掃活動は、 「教育活動の一環」 として行われるものであり、 児童生徒の公共心や規範意識を育むといった 「教育目的」 を達成するためのものです。 一方、 「学校用務員の清掃業務は、 学校環境整備の一環として、 利用者が安全で衛生的に利用できることを目的として行っています」 としていますから 「清掃力」 は必要ないんですね。 結果よりもやろうとする姿勢が大事、 というところですか。 いつの時代もそうですが、 為政者というのはこういうのが好きですね。 発想としては戦時中の国民学校での竹槍訓練と大差がありません。
 市教委は、 8つもの力をトイレ掃除でつけようとしますが、 現場とはどういう場でしょうか。 教員はすさまじい多忙さの中でも、 授業や行事を通して、 日々児童生徒の周りで起きるさまざまな出来事に関わり、 「何とか力」 なんて具体的には言えないけれど、 一人前のまっとうな大人になってほしい、 人を蹴落として上がっていくのではなく、 人と人とのつながりを大切に生きていけるようになってほしいと願いながら、 児童生徒とつきあっています。 そうした日々の繰り返しが教育活動なのだ、 と私は思います。
 さて、 2010年から全校で実施、 ということですが、 生徒指導のしんどい学校は大変でしょう。 それに、 マスクも手袋もしなくていい、 という大胆な発想ですから、 やはり感染症についても心配です。 インフルエンザのみならず、 ノロウイルスにどれほど痛めつけられたか。 やらせるのは上から鶴の一声、 事故が起きると現場の責任、 では教員のモチベーションはあがりません。
                                                                   (赤田 圭亮)
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