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11・11集会 「教育改革と教員の働き方を考えるつどい」 報告

南支部 茂 呂 秀 宏
 前々からお知らせをしておりました本集会も、 11月11日に無事終えることができました。 当日は、 会場に入り切れないほどの参加者があり、 内容的にも、 時間内では討論しきれない多くの問題が提起され、 成功裡に終えることができました。 2月17日 (土) には同じ会場で第二回の集いを準備しております。 ぜひおこしください。 以下メモからの集会の報告です。
★横校労針谷書記長
・組合結成時、 指導要録を巡る評価の闘いがあった。 20年経ち文部省がそれを推進する時代となっている。
・今実質勤評が導入されつつある。 良く働き、 地域にも入っていく教員が求められている。 教育改革と教員の働き方をあわせ考えていきたい。
★講師・岡崎さん (雑誌 「おそい・はやい編集人」) の話し
  (教育実践について)
・ 「子供が喜び、 教員が喜び、 管理職が嫌がる実践」 をスローガンにしてきた。
・生活科が導入されてから、 いままでやってきた実践が一部から歓迎され始めた。 主任を頼まれるようにもなった。 それゆえとりこまれていくのではないかという危機感を持った。 それまでは、 学級通信一つ出すにも、 校長と対峙し、 批判的スタンスが自分の存在理由になっていたが、 教育実践で政治的対決をすることが難しくなってきている。
・今、 価値観を差異化する作業が必要。 すんなり受け入れられた混合名簿をやめ、 別名簿でやってみようとも思っている。 (笑)
・また、 教える側と教えられる側がいて、 力を背景に教えていくということもなくなり、 教師は助言者であるという考えから授業が行われはじめている。
・昔反体制の言葉であった学校知という言葉が当然のように使われるようになっている。
・グローバリゼイションの中で、 なんでもありとなっているが、 学校知の中身も変わってきている。 反面、 敵が喪失し、 議論において理論的精緻さを欠くことも多くなっている。
・今変わらないのは競争原理である。 手を変え品を変えて出てきている。 ボランティアでも人権教育でも競争原理が導入されている。 人権教育も道徳教育化し、 チェック表でおもいやりがチェックされている。 多様化しながら、 競争主義が精緻化されている。
・カンセラーの導入などみると、 学校のリスクを社会に組み込もうとしている。 その結果学校の中で問題をつめていこうということがなくなってきている。 学校中がいい授業の競争になってきており、 教育実践は程程にやる必要がある。
・このような状況の中では、 逆に黒板だけの授業をすることも重要と考えている。
(教師・学校について)
・昔から学校は託児所でいい言ってきたのですが、 傷つけないで返せばいい駐車場論でもいい。
・親が教員の株主・雇用者という感じが出てきている。 教員は非雇用者。
・家ではいい子、 学校ではめちゃめちゃという子どもが増えている。
・親が学校に参加するということが増えてきている。 親に勤務評定されているという感覚が強くなってきている。 親と教師の連帯は建て前化している。 親に教師の働き方を理解してもらうことは、 無理な話である。 親は子どもの市場価値を高めようとしている。 一つのクラスで目立つことをやるとクラスだけにとどまらず、 学年、 学校でということになる。 親が自分のクラスでもやることを要求するからである。
・親が教師の働き方を要求する。 そして教員に労働条件を語らせない雰囲気がある。
・教員は労働条件をどう勝ち取るか。 自分から言わなければだめ。 親と話をきちんとするには、 場合によっては出るところに出るよというぐらいの気持ちを持たなければだめ。
・きちんと休暇をとることから始めたい。 意識的に勤務時間内に帰ろうとした。 その結果担任を持てなくなっている。 休暇をとりにいく理由として、 子どものためにとれないとよくいわれるがそれはうそ。 子どものために職をやめた教員はいない。
・管理職には教員に年休をとらせる配慮義務がある。 教育改革にある学校経営のリーダーシップをとれない校長が多い。 校長の目が親にしか向いていない。 親の要求をストレートに教員に向けてくる。 校長が職員の防波堤にならない。 校長がリーダーシップをどうしたらとれるのか、 文部省見解などを教え、 こちらから教えている場合もある。 人事考課制度は今の校長ではできない。
・超過勤務を自発的にやっていると校長は言うが、 そんなことはありえない。 総合的学習が入ってますます仕事が増えている。 雑務と言う概念がなくなった。
・日の丸・君が代だけは自由度がないが、 闘いはこれから。 楽しんでやるほかない。
・教育労働者は奴隷労働という認識が必要。 バブル経済崩壊後は企業には企業戦士もいなくなっている。 会社に文句を言う人間の方が使えるという状況が出てきている。
(教員の働き方について)
・どんな働き方がいいのか。 授業に幻想を持たないほうがいい。 昔自分がウケていたのは回りがひどかったから。 これからは 「厳しい授業」 をやろうと思うこともある。 教師が権威的な時代ではなくなった。 一生懸命帝国主義がある。 一生懸命やらなくても良い授業をやりたい。 また、 今行っている実践の方法を簡単には一般化したくない。
・いろんなところで 「革命」 ということがいわれているが、 怠惰の権利を主張したい。 隣にいると嫌だが、 近くにはいたほうがいい人というのがいる。 そういう人を大事にしたい。
・みんなが権利闘争をやりだしたら自分は引いてしまう。 一貫性あったりなかったりというのもおもしろい。 いろんな人がいろんなことを言える職場がいい。
・現在の一番の危機は、 ひまがあっても何をやったらいいのか解らない人、 学校に出てきてしまう人が多くなっていることである。
・床の間をつくれという政府の教育改革に闘いを足もとからやっていきたい。
★向井さん (東京アイム89組合員)
・反対することに自分の根拠をおくことはしてこなかった。 それは学生時代に終わった。 教育実践も価値をおかなかった。 今は批判することが体制化しており何をやっても同じ。
・学級便りをだしてきたが、 親がどう受けとるかの期待はなかった。 また、 「言葉遊び」 の授業をやってきた。 70年代で拒否されてきたものが90年代では許容されている。
・普遍主義に走りたくはない。 瞬間で共鳴できればいい。
・今の教育改革を語るとき、 こどもにとって……という言い方はあやしい。 また、 国家的な視点からものを言ってもしょうがない。 自分の実感からものをいいたい。
・人事考課が入り、 学校に残る人が多くなった。 校長と話をする人も多くなっている。
・家にかえってもやることがないということ、 子育てが済んでいる人、 特に男にあてはまる。
★池田さん (千葉明徳短大教員)
・大人として育っておらず、 子供っぽさが残っている大人が増え熟年離婚が増加している。 教育の問題は社会の建て直しの問題。
・教育基本法の改正問題、 基本法は近代社会の始まりを意味する。 国民と人格の形成を教育目標としている。 それを前提にして、 教育の制度を考えていきたい。
・日本の教育は基礎教育を軽視し、 エリート教育のみ考えている。 高等教育と基礎教育を分ける必要がある。 基礎教育はきっちりやり、 あとは自由でよい。 高等教育は、 個人の特性に応じての教育で労働に対応できる。
・少年法の改正を逆手にとって、 中学生アルバイトを認めたらいい。
・向上心のない人間に対して差別的になってきている。 生き物である人間が理解できる教師になってほしい。
・教師に公務員の身分が与えられている意味を考えたい。 教師の実践は楽しければいいのか。 教師は大人の中でもこどもの部分をたくさん持っている大人である。 そう考えると公務員という身分はあわない。
★茂呂 (横浜学校労働者組合委員長)
・学校で 「指導」 という言葉を否定する状況、 本屋がやっていけない状況は問題。 地域の荒廃を感ずる。
・昔、 教師―生徒の教える教えられる関係を変革しようなどといったが、 今はきちんと教えなければならないのではないかと考えだしている。 教師権力者論などの過去の主張の整理を課題としながら、 もう一度知の復権を考えてみる必要性を感じる。
・ 「生きる力」 の教育は学校でできるのか。
・学校は読み書きそろばんの徹底でいい。 それをしっかりできずに 「生きる力」 もない。
・知識や理論と言うものは過去の人間の実践の総括である。 こういうものを抜きに 「総合的学習」 などの経験主義はおかしい。
・もう一つは、 科学の最先端の方法論をストレートに教育に持ち込んでいる誤りがあるのではないか。 少なくとも大衆教育とエリート教育に分けずに導入し、 結果として大衆教育の軽視となり、 教育改革が階層の分化を進めている。
・教員の働き方の問題では、 生き方教育・生きる力の教育は、 教員のやる領域が広がり、 教員が忙しくなるのは当然、 労働はより長く・より多様になる。 その典型は新横浜プランである。 教員の働き方として、 より短く、 よりシンプルに、 よりフレキシブルにという視点を提起したいが、 その観点からは逆行する現状がある。
・労働に自分の人生が規定されてしまっているが、 どう自分の余暇の時間を有意義に過ごせるようになるのか、 労働のために余暇の時間を過すのではなく、 余暇時間を有意義にすごすために、 労働の時間を使えるのかと逆転して考えることができないか。
司会 大向こうから教育改革を批判するのではなく、 自分の現場から内在的に考え思想や文化や労働などに渡る発言があったように思われます。
会場からの主な発言
★教育改革は具体的人間を捨象し抽象的人間しか考えていない。 必ずつぶれる。
★人事考課制度の導入が迫られている。 危機感をもっている。 一人一人が問われる。
★今の総合学習に振り回されないほうがいい。 親も基礎学力を望んでいる。 基礎学力を重視したい。
★地方分権で、 地方に権限が与えられても運用仕切れない。 町村合併が出てきている。 学校もおなじ、 権限を与えられても運用できない居眠り学校がある。
★特殊学級で児童が、 ニワトリ小屋にパンツ一つで入れられていたということがあった。 そして、 そのことについて担任に意見を言えない親もいる。
★人事考課は出たらどうするのではなく既に出ている。 もう避けられないと思う。 対案的なものを作ったらよい。
★日の丸君が代以外では何をやってもいいと言われたが、 それは囲われた自由でしかない。 自由主義史観の枠のなかで自由は制約されている。
★茂呂 人事考課制度の導入と同様、 学校民営化の流れは避けられない状況になっている。 その代わり、 雇用されているという立場からものをはっきり言える体制を作っていくべきである。 学校別独立組合が位置づく時代となっている。
★池田 職場で独自の給与表を作っている。 年功序列の給与表の改定であるが、 そこで、 教員による評価と自己評価、 異議申し立て制度の導入を要求している。 教育は本来は自分を育てることであり、 再生産を本質としている。 強制的な学区は少しは柔軟にしてもよいが、 教育はどこにいっても同じという性格はある。
★向井 教師は教室で児童にやらせていることを、 職員室でやられはじめている。 教室の構造と職員室の構造は似ている。 その結果、 しょうがないやという感覚を持ってしまい反対ができない。 この構造を撃つ必要がある。
★岡崎 学力の低下はいけないものなのか、 平等不平等は社会的に作られていくもの、 個人的に能力が低い高いという問題ではない。 現実には読み書きそろばんのところで優越感にひたったり、 悩んだりしている場合が普通。 学力とは何かを考える前に、 少なくとも同時並行に、 不平等を生み出す学級や学校や社会の構造を考え足もとから取り組んでいく必要がある。 学力低下からの巻き返しがあるが、 それには乗りたくない。
司会
★多くの検討課題が出された。 2月に人事考課問題か階層化の問題についてやりたい。 教育改革と教員の働き方の議論をすると違和感がどうしてもでてくる。 その違和感が大事である。 生徒指導を行っている最中に、 勤務時間の話をすることと似ている。 私たちの組合は、 教育改革論が盛んになっているこの時期にあえて、 勤務条件に関する措置要求をまとめて人事委員会に提出しようとしています。 教育問題を狭く考えるのではなく、 社会システムの問題も含め考えていきたいので、 また、 参加してください。    

 

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