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横校労第48回定期大会を終えて


委員長  茂 呂 秀 宏

〈深刻化する経済危機〉
 バブル経済崩壊後の経済不況は、 この十年間、 何回吹聴されたかわからない景気底打ち宣言 (膨大な財政投融資・公共投資の投入による) にもかかわらず、 政府関係者が 「現在の日本はデフレの様相を呈してきている」 とまで言わざるを得ないところまで深刻化している。 「デフレの様相」 と言われればあまり危機感も生まれないが、 戦前の経済構造で言えばとっくに恐慌状態になっていてもおかしくない状態なのである。
〈小泉内閣を生み出した国民の逼迫感〉
 このような状況への国民の逼迫感が、 国政史上経験したことのないほどの内閣支持率の低下のみならず、 長野、 栃木、 千葉、 秋田の県知事選挙で自民党や既成政党の支持を受けない無党派の候補者が勝利するという状況を生み出し、 七月参議院選挙の自民党の大敗を予想せざるを得ない事態を生み出したといえよう。
 また、 それが、 「構造改革なくして景気回復なし」 と言い切る小泉新内閣の誕生の背景にあったことを否定するものは誰もいないだろう。 だれが仕組んだのかは知らないが、 この内閣の誕生は、 自民党の地方党員の投票という形を取りながら、 事実上の総裁 (首相) 「公選」 の実施と同じ効果を生み出した結果であり、 自民党の危機ばね、 危機管理の発動した結果であり、 自民党にとっては新内閣の支持率が八〇パーセント、 また、 自民党の支持率が三〇パーセントを越えるという結果においても 「大成功」 だったと言ってよいだろう。
〈 「乱世」 の到来の予兆〉
 しかし、 果たして期待を裏切らずにこの内閣は今日の日本の危機状況を乗り切ることができるのであろうか。 この間のマスメディアに流されている情報を見る限り、 構造改革といってもその中身はほとんど語られておらず、 唯一はっきり明言していることは、 これ以上負債は増加させないということのみである。
 構造改革のためには、 不良債権の元凶となっている金融とゼネコンの整理 (倒産) と大量失業社会の到来を避けて通ることはできない。 しかし、 一方それを実施すれば旧来の自民党の集票のシステムは壊滅する。 このジレンマをどう解決していくのか。
 もしも、 小泉がその解決を既に公約している首相公選制 (つめていくと大統領制の導入?にならないか?) ということに真剣に求めようとしているならば、 象徴天皇制という戦後の日本の政治・国家体制との関係でどのように考えているのか知りたい。 象徴天皇制の改変、 などということも検討課題としているのであろうか?そこまで詰めて考えているとすれば、 本当に立派なものであると思うが……どう考えても無理な話なのであろう。
 しかし、 そうでもしなければ、 小泉政権は森政権と同じ運命をたどることは十分予想できることである。 そして、 その場合には、 日本は文字通りの 「乱世」 が到来することになるではなかろうか。
〈組合は今何をなすべきなのか〉
 このような情勢のなかで、 組合員の勤務条件の改善を主たる目的とする教職員の労働組合 (職員団体) としての横校労は何をなすべきなのであろうか。 文字通りの勤務条件の確保・改善のために、 雇用確保のために、 結果として 「構造改革」 に反対し旧体制の保守のための役割を果たしていくのか、 または、 「構造改革」 を推進する立場に立ち大国日本の再生に与していくのか、 はたまた、 「構造改革」 に対して、 われわれ独自の政治・社会を構想をし、 それに対応したわれわれの働き方とそのための労働条件の要求を出していくことになるのか……と、 ともかく、 組合の存亡をかけた判断をしなければならなくなる時期が早晩くることは間違いはないだろう。
〈場当たり的な教育政策とそれに翻弄される現場教職員〉
 このような時代状況を反映してのことか、 この一年間振り返ってみた時、 教育問題が新聞紙上にとりあげられることが多くなっている。 教育改革を政治・社会の変革のキーワードとするという論調さえ出てきている。 しかし、 それが中長期に渡る日本の政治・社会の変革構想の中で語られることはなく (一貫した社会政治の変革構想自身がないので当然のことであるが)、 その場しのぎの政策論議になっていることが多く、 過去から一貫性のない政策、 朝令暮改的な政策、 また矛盾した政策が同時に出されたりしている。 例えば、 教育の地方分権法の実態化が要請されているにもかかわらず、 教科書の採択や日の丸・君が代問題においては学校の裁量権が剥奪され縮小されている。 公教育の強化 (奉仕活動の義務化) と、 公教育機能の縮小をもたらす学校の民営化・自由化、 という矛盾した政策が同時に記載されている教育改革国民会議の最終報告、 戦後何度も目まぐるしく転換する学力観と教育課程 (今回は生きる力の教育を巡る学力低下論争)、 測定できない労働があるという教員の勤務の特殊性を前提にしている労務管理 (給特法) との整合性をもたぬまま出されてきている人事考課制度 (教員の勤務の客観的評価を前提にする) の導入などなど、 枚挙に暇はない。 このようなその場その場の場当たり的で、 原理・原則のない教育政策に翻弄され、 その一番の被害者となっているのが学校現場の教職員なのである。
〈 「乱世」 の今こそ現場から声を上げるとき〉
 今こそ、 現場から声をあげる時ではなかろうか。
 もう 「新学習指導要領では……」 「文部省は」 「教育委員会は」 ということを大前提にして考えていくことはやめようではないか。 戦後だけみても、 何度騙され、 肩すかしをくわされてきたことか。 これからますます出されてくるであろう抽象的な天下・国家論とそれに基づいた教育改革論に惑わされず、 自分の生活に根ざした 「等身大の社会論」 から教育を考えていくことが今ほど問われている時はない。
 直面してる学校の現実を、 教職員の現実を、 子どもの現実を、 親の現実を、 地域の現実を、 リアルに見つめ直し、 どうしたらよいのかをまずは自分の頭でしっかり考え、 それを学校現場や地域の仲間たちと話合い (その上で必要とあれば 「学習指導要領」 も 「文部省・教育委員会」 も参考にすればよい)、 我々の働き方を、 労働条件と労働内容としての教育内容から、 足もとからしっかり考えていくべきではなかろうか。 われわれ現場をあずかるものにとって、 それが 「乱世」 を生き抜く最良の方法ではなかろうか。
 横浜学校労働者組合の存亡もその一助となれば幸いである。
 二〇〇一年度 執行委員
委  員  長  茂 呂 秀 宏
副 委 員 長  赤 田 圭 亮
        村 上 芳 信
書  記  長  針 谷 秀 雄
書 記 次 長  山 本   理
財 政 部 長  赤 田 真知子
調査編集部長  溝 口 紀美子
法制理論部長  清 水 郁 子
女 性 部 長  岡  はま子
小 学 校 部 長  横 田 里恵子
中 学 校 部 長  田 田 敏 治
盲聾養護学校部長
        鈴 木 章 与

 

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