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報告 '01 全国学校労働者交流集会
―大胆不敵格教員宣言―

◆はじめに
  「小泉政権への異常なまでの期待は……際限なく進行するグローバリズム、 ナショナルスタンダードに埋没しかねないこの国のアイデンティティへの危機感であり、 サバイバルのためのナショナリズムの台頭であると考えられる。 だから、 野党の多くや自民党内守旧派が主張するようないわゆる戦後的構造の維持・対置では不十分である。 世界の中におけるこの国のパラダイムの転換を私たちがどのような言葉で読み解くのかが強く問われている。」 (赤田事務局長基調報告より) という問題意識から、 二〇〇一年の全国学校労働者交流集会は、 八月二二、 二三日、 現地の山梨教育運動ユニオンの尽力のもとに、 甲州湯村温泉にて開催されました。 二二日は台風の真っ只中にもかかわらず、 参加予定者の欠席者は一桁、 百余名の結集を得たことは、 独立組合のこの集会に寄せる期待とその意義の高さを表しているのではないかと思います。
 集会の議論は、 主催者あいさつと基調報告に応える形で、 松山大の大内裕和氏からの記念講演を受け開始されました。
 講演の演題は 「戦後教育・ナショナリズム・グローバリズム」 というもの。 学校五日制の実施のみならず、 教職員への人事考課制度の導入を含めた勤務条件の大幅な改変が予想される二〇〇二年を間近に迎える我々にとって、 非常に多くの問題提起がなされ、 また、 独立組合が今何をなすべきなのか示唆されることが多いものでした。 記念講演にコメントさせてもらうことで、 一日目の全体会の報告に代えさせてもらいます。
◆大内講演の概略
 まず、 大内講演の要旨を非常に簡単に紹介しますと、 「戦後教育のみならず戦後社会そのものが、 戦前社会から決して断絶して作られたものではなく、 社会秩序の中心が (市場から) 国家に変わった 『戦時総力戦体制』 の延長としてあった。 そして、 『戦時総力戦体制』 は、 一九七〇年以後の新自由主義を思想的背景としたグローバリゼーション化の展開の中で、 新たなシステムに転換しつつある。 我々はその新しい体制に対して、 ナショナリズムの復権という立場からではなく、 自由主義的左翼という視点から立ち向かおう。 その具体的な萌芽は、 フランスを中心に独立組合という形で既に世界的にも現れてきており、 この全国学校労働者組合交流集会が日本における端緒としてある」 (詳しくは講演のレジュメ) という、 私たちにとっては非常に元気が出る講演内容でした。
◆ポスト戦時総力戦体制 ・ プレ戦時総力戦体制をどう規定するのか
 まず第一に、 時代区分の問題として、 一九三〇年ぐらいから一九七〇年ぐらいを一九四五年で切る事なく、 戦時総力戦体制として連続してとらえていく見方は、 今まで私たちが考えてみたこともないほど斬新な見方であり、 戦後の国家の権力性や階級性を理解できず戦後日本国家体制の補完物となっていた戦後の国民教育論に対しての非常にすぐれた分析と鋭い批判となっています。 この点はこの講演の真髄であり、 もっとも評価されなければならない点だと思っています。 それなるがゆえに、 講演者の立論をより豊富化し理解を深めていくというつもりでいくつかの疑問点を出しておきたいと思います。
 まず最初に、 このような概念で戦前・戦後を通してみた時、 それ以前の明治から昭和初期にかけての時代は、 社会秩序の中心が市場原理であったと果たしてそう言い切ることができるでしょうか。 日本の資本主義は、 その成立当初から国家の関与が強いことは周知の事実ですが、 純粋に市場原理が支配した時代はなく、 市場原理と国家のあり方の問題としてとらえるべきなのではないでしょうか。
 また、 グローバリゼーション化が世界的に開始する一九七〇年代以後のポスト 「戦時総力戦体制の時代」 をどのように規定するのでしょうか。 氏は、 「単純に総力戦体制以前の時代に戻るわけではない」 こと、 その内容として、 ポスト総力戦社会を担う主体は、 総力戦体制下の団体主義 (産業報告会から企業別組合まで) によって個の自立性を奪われてしまっている主体を前提にした社会であり、 戦時総力戦体制以前の時代にもどるはずはないと述べられていますが、 日本的労使関係を含めた団体主義・集団主義 (「談合」 がその本質をもっともよくあらわしているのでしょう) というのが、 総力戦体制の時代に初めて形成されたものではなく、 もっと歴史的に長期のタームで見ていく必要があること、 また、 プレ 「戦時総力戦体制」 における自立した主体というものが存在しているとするならば、 実際いかなる主体を想定しているのでしょうか。 明治から大正時代にかけての、 渡り熟練職工に依拠したアナルコサンジカリズムや渡辺政之輔の工場評議会を担う主体を想定されているのでしょうか。
 そのような主体の問題から考えた時、 日本的集団体制の中で自立性を解体された主体の中から、 ポスト 「戦時総力戦社会体制」 の時代を担う主体、 逆にそのような体制を変革しようとする主体がどのように形成されていくのでしょうか。
◆総力戦体制の中で、 戦後憲法体
 制をどう位置づけるのか
 次には、 社会・経済構造の連続制の問題と政治構造の関係について少し問題をしておきます。 戦前の天皇主権を前提にした明治憲法体制と、 一応国民主権を前提にした戦後憲法体制 (象徴天皇制) と、 その連続性は否定できないものの、 断絶性があることも確かなことなのでしょう。 氏は戦後憲法体制をアメリカと日本の合作、 アメリカへの日本の従属を前提にした合作としてとらえ、 日本の右翼が安保を支持する矛盾の指摘とともに、 石原や小林 (よしのり) のような日本のアメリカからの自立 (独立) をもとめる傾向、 つくる会の教科書の出版などに見られる新たなナショナリズムの登場を、 新しい時代の指標としていましたが、 外交のみならず内政の構造の問題も含めてもう少し展開をお願いしたいと思っています。 この問題で少し私見をのべると、 明治維新から大正デモクラシーに至る歴史と戦後憲法体制との連続性があるのであり、 「戦前 (一九四五年以前の) の戦時総力戦体制」 における政治体制は 「日本の歴史に時たま例外的に現れる本居宣長的国粋主義=日本の狂気」 の産物という見方はできないでしょうか。 もちろんその場合、 政治構造と経済・社会構造のずれをどう考えていくのか、 社会・経済構造の連続性というものを認めつつ、 異なった政治構造との対応も考えた社会構成体というものを考え、 歴史区分を考えていけないものでしょうか。
◆グローバリゼーション下の変革
 主体の問題に関して
 第三には、 大内氏はグローバリゼーション下の変革主体として、 反新自由主義反グローバリゼーションと労働拒否論を旗印にしフランスに典型的に現れている独立組合を取り上げ、 日本において、 この全学労組の運動をその端緒であるとして高く評価されました。
 身に余る思いにかられるわけですが、 その期待に応えるためにも、 厳しくいくつかの疑問を投げかけておきたいと思います。
 まず、 大内氏の前提としている欧米諸国の独立組合が反新自由主義・反グローバリズムから出てきているとされているわけですが、 大内氏は講演の討論の中でも述べられているように、 日本においては多くの場において (企業の場や官僚社会においても)、 日本的平等主義・集団主義からの主張と新自由主義からの主張が併存し、 その妥協の産物として現実の施策が出されています。 会場からの質問者が指摘したように、 教育の場においても地方分権化と中央集権化の矛盾する施策が平然と同時に出されています。 (その最たるものが、 公教育強化を前提にした 「生きる力の教育」 ・ 「奉仕活動の義務化」 と学校民営化論や学校選択の自由化を象徴する 「学校自由化」 の施策が同時に進行していることだと思います。) そして、 今ある教員の独立組合の結成過程をみると、 多くは、 旧来の体制 (中央集権的集団主義的体質) から独立するという形を取っています。 故にこれから、 新自由主義的施策が全面的に出てきた時、 われわれがそれにどう対処するのか、 本格的に力量が試されることになるのではないかと思います。 例えば、 人事考課制度の導入や講師の大量導入に対して戦後的平等主義的観点からではない批判をどう展開できるのか、 自衛隊強化や日の丸・君が代強制に対する批判として 「戦争のできる国家づくり」 という観点は適切なのか、 つくる会の教科書の検定を通すな、 採択させないという主張は、 教科書検定そのものを廃止するという観点からどう位置づけられるのか、 学区自由化に対して、 格差の拡大という批判は正しいのか、 などなど、 新自由主義の考えから方針と噛み合わすことが困難な問題が山積しているのではないかと思います。 この点欧米諸国の独立組合との違いが相当あるのではないかと思うのですが。
 また、 日本の新自由主義的施策が日本型新自由主義になることは、 共同体の再生論がナショナリズムの復権という形をとりながら既に出て来ていることは、 氏が指摘するとおりです。 さらに大内氏はグローバリズムに対抗できる主体を自由主義的左翼・アナキズムと言われていますが、 これを日本の思想的伝統との関係でどう表現していくのか、 非常に重要になって来るのではないかと思います。 そういう思想的営為がないと、 なかなか本音につき刺さった議論にはならず、 表層的な議論に流れていく危険性を感じます。
 最後にこの主体措定について問題提起をしておきます。 日本の集団主義・団体主義そして、 中央集権主義を下から支えていたものが、 労働というのか勤労というのか仕事というか、 そういうものに対する日本人の肯定的な伝統的感性なのではないでしょうか。 これは、 国家総動員体制にもっとも対立すると同時に転向すると 「革新官僚」 として戦前の戦時総力戦体制を中枢で担った戦前のマルクス主義者が有していた汎労働論的労働観であり、 戦後はそれは 「労働の解放」 論として継承され、 結論としては、 「労働の人間化」 などの労務管理論に取り込まれていった経緯を見た時、 労働の拒否論に基づいた労働組合の結成の困難さは、 並大抵なものではないと思っています。 わが独立組合の全国集会の年ごとのスローガンをならべてみるとそのような傾向性がみえてこないわけではないのですが、 「労働の解放」 ではなく 「労働からの解放」 論を裏づける日本的感性・思想を掘り起こしながら、 議論をさらに進めていきたいと思います。 大内氏の著書もしっかり読まず、 講演の趣旨を曲解しての物言いとなってしまっているのではないかという危惧をもちつつ筆をおきます。

第一分科会
「学校での働かされ方・生き方」
 アイム89 東京教育労働者組合から 「人事考課制度を中心とした教育状況」 と 「再任用制度」 についての報告があった。
 いずれ神奈川もやるだろう人事考課制度について危機感を持って聞きました。 「学習指導」 「生活指導」 「学校運営」 「特別活動・その他」 「研究・研修」 の各項目ごとに 「今年度の目標」 「目標達成の具体的な手だて」 「成果と課題」 を書いた自己申告書を提出し、 管理職面接を行ない、 それぞれ 「能力」 「情意」 「実績 (業)」 に分けて細かい着眼点で見られ、 最終的には 「S (特に優れている)」 から 「D (劣る)」 までの五段階で評価される。 その評価が人事異動や給与に反映される仕組みが人事考課制度である。 現在は開示制度も異議申立てのルールもない密室評価になっていて、 D評価をうけて減給になった人の分をS評価の昇格にあてる形だと聞いた時には卑劣な教員分断制度だと思った。
 大阪教育合同労働組合からは、 臨時任用職員に対して年毎に提出させていた 「欠格項目自認書」 を 「空き期間が一年と一ヶ月以内の採用であれば不要である」 という形で交渉成果をあげたと報告された。 大阪は元気だ。
 勤務時間や成績評価の急転に加え、 人事考課制度等で、 私のような者には 「ついていけなくなった」 感がいよいよ強くなって、 働きにくくなってきた。 早くやめたいなと思わせるのもねらいの一つか。
(田中敏治)


第二分科会
 法制下での「日の丸・君が代・元号」
 一日目は大阪教育合同の 「中間報告〜前代未聞、 支離滅裂豊中市教委刑事告発事件のその後」 が報告された。 小学校の卒業式で 「日の丸、 君が代の強制に抗議します」 と言って退場したKさんに対して豊中市の教育長が威力業務妨害容疑で告発した事件のその後である。 教育長は 「教育委員会として告発した」 と発表していたが、 事実は府教委も告発には反対し、 個人としての告発であった。 教育合同はその浅利教育長を 「公職の称号詐称」 で逆に刑事告発。 豊中市は障害者教育、 解放教育が盛んな所、 保護者・市民が 「Kさんの人権を守る会」 を結成し、 刑事告発の取り下げを求めて活発に活動している。
 二日目は京都のユニオンらくだからの報告。 日の丸、 君が代の強制は許せないと、 多くの市民が教育委員会に押し掛けた。 同和校で熱心に指導していた先生が今度は熱心に君が代を教える。 子どもの心は引き裂かれる。 一人座っている子どもの心の自由を守ろうと、 とにかく強制をさせない取り組みが行われた。 京都に君が代は流れたが、 起立斉唱を強要する動きを押しとどめることができた。
*豊中市のKさんは不起訴を勝ちとりました。
(溝口紀美子)


第三分科会
「独立組合の闘い方」
 この分科会では、 勤務時間問題を軸に時間内組合活動、 職免問題なども論議された。 レポートとしては 「勤務時間割り振りの変更とその取り組み」 (あいむ89 )、 「勤務時間問題への取り組み」 (瀬戸学校ユニオン) 「新勤務時間体制に抗して ―― 措置要求運動の実態」 (横校労) 「時間外勤務手当 (修学旅行を含む) の措置要求」 (学校労働者ネットワーク高槻) の四本が出された。
 アイム89 は都教委がおろしてきた 「勤務条例の解釈運用基準」 に対し、 八時間四五分拘束するなら休憩、 休息を保障しろ、 保障できないなら工夫しろという要求をつきつけ、 都教委に 「やむを得ず、 所定の休憩時間に勤務をさせた場合には、 必ず、 一勤務の他の時間に休憩時間を与えるものとする。」 という回答をひき出した。 瀬戸学校ユニオンでは、 労基法に違反しない旨認めている勤務時間の前後に休憩・休息時間をとる 「名古屋方式」 を一方的に破棄し代替措置を講じない市教委に対し、 組合員の労働条件の低下と団結権の侵害という修復困難な損害を受けたとして損害賠償請求裁判で闘っている。 学校労働者ネットワーク高槻では修学旅行に係わる一月分の超勤手当請求と、 修学旅行時の児童就寝見回りを勤務として認めよ、 とする措置要求で闘っていることが報告された。 同様の措置要求闘争をしている横校労のレポートも含め、 戦術は様々であるが、 実質的な連続労働を強いる教育委員会に対して闘い続けることによってしか、 自らを守れないことを実感した。
(朝倉賢司)


第四分科会
「現代・子ども考」
 今回の集会のサブテーマ〜そまずただよふ私流〜に息を吹き込むとしたら、 きっとこんな視線をもった働き方になるんじゃないかなあと感じた分科会でした。 私自身は、 そまらなくても漂っているのは辛いので、 どこかに自分なりの価値を見出そうとしてしまう人間のひとりです。 何かしら確固としたもの、 揺るがないものが欲しいと思ってしまう人間です。 ですから話し合う話題の裾野はどこまでも広く結論めいたものが出ることはないだろうと予想されるこの分科会には足を向けることはないだろうと思っていました。
 予想に違わず、 話題は 「学級崩壊とは何か」 「親の無秩序な状態について」 「担任はずし」 「教師と子どもの関係性」 「ボランティアなど教員以外の人の入り込み」 「親子関係の変化」 「体罰」 「障害がある子どもとの教育」 などいろいろなことが自分の身の回りの状況や自分の体験として語られました。 ですが、 どの話題もつきつめてひとつの結論を導き出すことはなく、 それなりに地域差もあり、 それぞれの個性もあり、 そんなものかなあという程度の話し合いでした。 そういった会が言いっぱなしになるのはよくあることですが、 今回のはちょっと違いました。
 それは、 ひとつの現象を見たときどうしてそう感じたのか、 それは自分自身の何らかの変化によるものなのか、 一般的なものなのかそれとも固有のものなのか、 幾重にも重なった視線をほぐしたり、 交差させたりすることによって、 みえてくるものがあるのだなあと思えたからです。 私は普段ことばや行動をつきつめて考える習慣を持たないので、 その方法にふれた時、 少し不思議な感覚を味わいました。 これまでの私には自分の感覚にたいするうぬぼれとあきらめのようなものがあったのでしょう。
 いろいろな影響を受けて、 変わってきた自分や親や子どもや世論など様々な意見や考え方や感覚の違いを少し離れた位置からみてみるのも面白いかなあなどと思っています。
(赤田真知子)


第五分科会
「迷走する 『教育改革』」
 報告のトップは 「旅費制度の状況」 と 「横浜・学校の特色作り予算の実態」 (全国学校事務労働組合連絡会議・がくろう神奈川) で、 例えば旅費や交通費について 「交通費の実質化」 「日当の原則禁止・一律化」 「自家用車の利用容認」 「本人記入推進」 「コンピュータ処理化」 等の動向があり、 濃淡はあるものの、 神奈川だけでなく愛知や埼玉でも同様で、 コンピュータによる合理化で人員削減の徹底が行われるとの分析であった。
 次は、 「企業体験研修とは何か」 (静岡県学校労働者組合) であったが、 三年間で全教員を二日間の企業体験研修をさせる新事業が押しつけられようとしているという。
 企業体験研修は静岡だけでなく京都・大阪・兵庫などでも形をかえて行なわれていて次の報告の 「ああ無残!新指導要領移行期」 (学校労働者ネットワーク・高槻) での 「研修報告の義務化」 の動向報告と合わせて研修による締め付けが一層進んでいることが実感された。
 なお最後に、 千葉学校労働者組合より 「新教育課程について」 資料提供があり、 二〇〇二年度カリキュラムのシミュレーションも提示しながら、 やり方によっては午後の時間を一時間減らすことができるなど労働条件改善の視点からの提案があった。
 学校もとうとう 「ターニング・ポイントを回ったな」 というのが参加しての感想だった。
(岡健朗)

 

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