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横校労ニュース
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横校労の取り組みがわかります。


第四九回定期大会を終えて

再び、 当たり前でない組合をめざして
委員長  茂 呂 秀 宏

★二五年周年を迎える組合

 横浜学校労働者組合が結成されたのが一九七七年の九月一〇日、 今年の九月一〇日で二五年の齢を数えることになりました。 二五年という年月、 過ぎてしまえばあっという間にという感じなのですが、 四半世紀などと言い換えてみると何か歴史的な重みを感じさせるものがあります。

 また、 個体としての人間にとってみても、 その生命はいくら長くても一〇〇年に満たないものであり、 人の職業生活からみても決して短いものだといえるものではありません。

 私個人について言えば、 組合を結成したのが教員生活一〇年目の年、 年齢的には三〇代中頃にさしかかる頃でした。 二五年という歳月は、 この三〇歳そこそこの 「青年」 をして、 そろそろ還暦を意識せざるをえなくなる年齢にすることであり、 この組合結成というものが、 自分にとって職業生活のみならず、 一生にわたる生き方に大きな影響を与えるものだったと思っています。



★浜教組の 「死」 と横校労の結成

 組合結成前、 私は浜教組の中央委員であり、 通知票批判から始まった相対評価制度への批判運動が、 指導要録の評価欄斜線記入という戦術にいきついた鶴見支部入船小学校浜教組分会の運動に注目をしていました。 この運動に対して、 横浜市教育委員会は年度途中の九月に、 入船小学校教員数名を強制配転処分としました。 また、 当初からこの運動を指導する立場にあった浜教組本部は現場にあった闘い継続の意志を無視し裏切り、 この処分を容認していきました。

 私たちはこのような浜教組に対して、 また、 組合の役員をやることが教育長を頂点とする教員世界の 「出世」 につながっていた浜教組に対して (私たちはこれを 「組合歴社会」 と揶揄していました)、 さらには、 教員を労働基準法から適用除外する給特法を受け入れ、 学校官僚制を強化する主任制度化をも実質的に受け入れていく姿勢を明らかにしていた浜教組・日教組に対して、 学校労働者に敵対する組織に変質したものとして、 「死」 を宣告しました。

 そして、 一九七七年六月の定期大会に浜教組の解散提案をし、 それが拒否される中で、 同年九月に学校労働者運動の新生をめざして、 浜教組・日教組から分裂し、 全国にさきがけて少数派組合 (今では独立組合と呼称) を結成しました。



★二五年目の横校労が置かれている位置

 七〇年闘争の熱気が少しは残存していた組合結成当時、 私たちは 「公教育解体」 「教育を労働者の手に解放しよう」 「現場労働者の自治」 などという大スローガンを掲げ、 相対評価制度批判運動 (内実は差別選別教育批判)、 学校官僚制批判 (学校の単層化構造要求)、 教員の枠を越えた分裂少数派組合の全国結合などを実践的方針としていました。 ここからもわかるように横校労の質は、 思想的には、 労働や労働者組織への絶対的信頼を前提にした労働者主義、 実践的には、 戦後体制の枠内の改良運動であったということがわかります。

 しかし、 八〇年代から九〇年代にかけて、 産業構造の大転換、 ME化、 情報化の進展による労働の変質・サービス労働化、 国際化の展開、 高齢化社会化の到来、 政治的には東欧・ソビエトの崩壊などの情勢の変化の中で、 市場原理の復活を主張する新自由主義的立場が台頭し、 戦後国家社会体制の枠組そのものが攻撃の対象とされ、 旧来の戦後日本の国家・社会構造を保守しようとする勢力との間に、 体制内ではあるが厳しい抗争が起り始めたわけです。 教育界の問題としては、 一九八四年の臨時教育審議会の第一部会と第三部会の対立論争はその典型だったのではないでしょうか。

 このような情勢の変化に対応するため横校労は、 「公教育の解体」 「教育を労働者へ解放しよう」 「現場労働者の自治と全国結合」 などというメインスローガンを下ろし、 「公教育の縮小」、 「労働の解放論から労働の縮小論へ」 の転換、 「教員産別内の全国独立組合の交流」 などへと微妙に自らのスタンスを変化させていきました。

 そして、 実践的には、 地公法上の最低限の枠組みである労働条件の改善という経済的要求を組合の共通課題として、 その集団的結合の維持をはかっていきました。

 しかし、 前述した情勢の変化に対して、 全面的には対応できておらず、 戦略的提起も確定されていません。 その結果、 新自由主義的立場からする主張と旧来の戦後的構造を保守しようとする主張との狭間の中で挟撃され、 組合の存在自身が常に問われ続けています。



★横校労の到達点と課題

 非常に厳しい言い方になってしまいましたが、 この二五年間に横校労が地道に積み上げてきた成果を決して否定するものではありません。 全国的に見ると、 私たちのような独立組合が十七も結成され、 その連携も強化されつつあること、 その中で理論的には、 新自由主義と保守主義を批判しうる独自のスタンスを模索する動きも出てきています。 また、 現場から二五年間にわたり問題提起をし続け、 今年の五月には三五四号に至っている組合ニュースの発行、 また、 ほとんど組合員一人しかいない現場での実践、 教育委員会に対する闘い、 人事委員会の制度を運用した措置要求の闘い、 さらには、 地域や社会的な運動などについても評価されなければならないことが多々あります。

 私たちは今、 日本においては構造改革という形で戦後的社会 (一九四〇年体制も含めて) の大転換が叫ばれ、 世界的にはアメリカの同時多発テロと新自由主義思想をバックボーンとしたグローバリゼーション化の展開を幕開けにした二一世紀という新しい時代に身を置いています。 また、 近年、 アメリカの軍隊や大企業の中において、 ピラミッド型の官僚組織の限界が指摘され、 現場を担う個々人に大幅な権限を委譲する逆ピラミッド型の組織をという主張さえ出され始めているようです。

 この新しい時代がどのように推移していくのか予測し、 それに対応できる戦略的な提起がなされなければ、 いかなる集団も体制内に吸収され、 消滅させられていく危険性があると言っておきたいのです。 前述した組合の成果に基づきながら、 それをさらに発展させ情勢に対応できる戦略的提起を秋期の二五周年の記念集会までには出していきたいと思っています。



★新しい情勢に対応するためのキーワードの模索

― 労働から共同体へ ―

 それでは、 このような新しい情勢に対しての戦略提起を可能にするキーワードはどのようなものになるのでしょうか。 かつて社会変革のキーワードであった 「労働」 や 「労働者」 は、 労働者国家という建て前をもっていたソビエト連邦が崩壊し、 ME化・IT化などの技術革新のなかで労働がサービス労働化するなかで、 その役割は終ったようです。

 それならばこれから、 いかなるキーワードによって社会改革の戦略を語ることができるのでしょうか。 例えば、 新自由主義に基づいた市場原理が今以上に貫徹した社会が、 また前述した逆ピラミッドの組織原理を貫徹した社会がどのようなものになるのか、 不明な点が多いのですが、 それが、 今以上に厳しい個の競争原理が貫徹する社会となるのであろうことは十分予想できることです。 そしてそのような社会においては、 今以上に個と組織 (集団) の関係が、 人間の共同性とそれを保証するための共同体というものが改めて問われる社会になるのではないでしょうか。

 少し話は変わりますが、 以前にチベット仏教の 「死者の書」 という法典の中にある 「生は死の始まり、 死は生の始まり」 という死生観の解説書を読んだことがあります。 ここで宗教がかったことを言うつもりは毛頭ありませんが、 これを個体としての人間 (個人) と組織 (集団) の関係にあてはめて考えていくと非常に納得がいく点があります。



★個体としての人間の限界性を越える集団的活動

 人間には一〇〇年に満たない寿命という時間的限界、 また、 個体としての空間的・地理的限界があります。 人間はその限界を集団的活動によって、 個体としての人間の諸活動の所産を空間と時間を越え獲得し継承することによって、 その限界を越えているのではないかと思います。

 私は、 個人のすばらしい業績や能力、 そして、 それを裏づける個人の才能のみならず意欲や努力などというものさえ、 決して個人的な営為のみによって獲得されたものではなく、 集団的活動によって獲得されたものと確信しています。 このような観点にたった時はじめて、 「死は生の始まり」 と言い切ることができるのではないでしょうか。

 このようなことは少し考えれば頭では理解できることなのでしょうが、 意外と日常活動の中ではなかなか納得しがたいことです。 個人の能力・才能・業績というものが、 (市場原理における勝者として)、 個人の努力によって達成・獲得されたものであり、 その結果は個人的に私有されるべきものという考えは現代社会においては常識化しています。

 人間のさまざまな集団的活動によって、 時によっては他人を支配抑圧することによって集積された富や権力が、 個人の能力や努力によって獲得されたものとして意識され、 社会的に存在する支配や抑圧、 貧富差や差別を認識することができなくなっているだけではなく、 それらを拡大再生産する思想的土壌を形成しています。

 このような観点から、 二一世紀という時代の社会改革のための新しいキーワードを考えていくことができないでしょうか。



★再び、 当たり前でない組合をめざして

 二五年かけて私がやっと到達した地点とはこのようなささやかなものでした。 そして、 私にとって、 横校労結成というものは、 このような主体的な組織 (集団) 的活動の出発点だったのではないかと思っています。

 このような観点から、 横校労二五年の歴史を振り返り、 これからの二一世紀という新しい時代を考えた時、 横校労に要請されている重要な役割を改めて感じざるを得ないところです。 今勤務条件の向上を共通課題とするあたりまえの労働組合であり、 人数的には極小組合を自認せざるを得ない横校労ですが、 かつて組合結成当時、 ある人から、 当たり前でない労働組合という呼び名をいただいたわけです。 そのような組合の復活を新たに期していきたいと思います。

 このような観点から、 これからの四半世紀先までは無理としても、 数年先の方向性ぐらいについては、 この秋季の結成二五周年のイベントまでには明らかにしていきたいと思います。

 最後に去る五月一日の第四九回定期大会で、 今期の執行体制が以下のように決まりました。 お知らせします。 昨年とあまり変わらない役員集団なのですが、 来年度の大幅な人事刷新を期待しつつ、 新しい二一世紀という時代に少しでも対応すべく頑張っていきたいと思います。 よろしくお願いします。



二〇〇二年度横校労役員



執 行 委 員 長 茂呂 秀宏

        (日野養護学校)

執行副委員長 赤田 圭亮

        (東鴨居中学校)

       村上 芳信

        (谷本中学校)

       山本  理

        (青葉台小学校)

書  記  長 針谷 秀雄

        (品濃小学校)

書 記 次 長 田中 敏治

        (南希望ヶ丘中学校)

財 政 部 長 赤田真知子

        (寺尾小学校)

調査編集部長 溝口紀美子

        (高等養護学校)

法制理論部長 清水 郁子

女 性 部 長 岡 はま子

        (城郷小学校)

小 学 校 部 長 横田里恵子

        (瀬谷小学校)

中 学 校 部 長 田中 敏治 書記次長兼任

盲聾養護学校部長 朝倉 賢司

        (本郷養護学校)

財 政 監 査 石垣 郁子

        (菅田中学校)

選挙管理委員 山内まさ代

        (西寺尾第二小学校)

選挙管理委員 浜田 康子

        (豊田中学校)

 

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