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横校労ニュース
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横校労の取り組みがわかります。
行ってきました。 毎年、 夏恒例
全国学校労働者交流集会 in 兵庫
全国集会全体会報告


  「『自分流』 とはどういうことか。 ひとことで言えば、 大きな流れに乗らない、 ―そうして自分なりの働き方や労働感覚を持つと言うことだ。 いわば、 人の仕事をとってまで仕事をしない―、 今の教育の多くが、 厳しい現状のなかで仲間と連帯ではなく、 仲間への不満を表出している時に、 自分流とは、 絶え間なく仲間への連帯を求めることだ。」 これが今年の全国集会基調の結語です。 今年の基調は、 「傾き」 という言葉で、 教師の働き方空間を身近な職員室から同心円的に拡大し分析したもの、 教師の悩みで一番多いのは同僚との関係で七〇%を超え、 管理職が悩みの種というものは、 わずか一〇%という職員室での教員 「傾き」 の指摘から解きおこし、 「自己責任と競争」 の時代という現状認識に至り、 その現状に対して、 上記の結語が提案されました。
 今年の集会スローガンは 「もう耐 (も) ちません学校 (わたし) たち―働き方は自分流―」 というもの。 一見投げやりでアナーキーな感じのするメインスローガンなのですが、 この 「働き方は自分流」 というサブのスローガンが絶妙な隠し味、 これによってメインスローガンの意味が見事に深められていると思います。
 一日目の午後の全体会では、 集会を一年かけて周到に準備されてきた兵庫県自立教育労働者組合からの開会の挨拶にはじまり、 冒頭紹介した基調の提起と討論、 また五つの分科会の内容が紹介されました。 例年にない取り組みでしたが、 斬新な感じを受けました。 今後のこととして、 分科会紹介で分科会と基調との関連がもう少しなされると、 集会の全体構造がはっきりし、 交流の中からより高度な 「思索のバトル」 が紡ぎ出されてくるのではないでしょうか。 今年は各組合の実践はもとより、 高槻における交渉拒否に対する全学労組代表を先頭にした 「絶え間なく仲間をもとめる」 闘いがあったがゆえに、 最後の全体会での総括討論においても、 基調と分科会での討論を重ねあわせた議論がもう少し可能だったのではないかという欲張りな感想が残りました。
(茂呂)

第1分科会
「学校での働かされ方、 働き方」

 一日目は都知事石原の下、 権力を集中させ絶対的な権限で組合・教職員を押さえつけようとしている都教委と闘っているアイム'89から報告を受けた。 都教委からの攻撃は人事考課制度だけでなく、 長期休業中の自宅研修を認めない等の研修の規制強化、 区市町村教委に都からの室長派遣、 校内の上意下達体制の強化と職員会議の任意設置・補助機関化、 単年での異動を絡ませた人事考課など、 枚挙に暇がないほど強権的な石原の教育行政の醜い実態が挙げられた。
 二日目は人事評価、 人事考課制度を中心に報告と議論が進められた。 横校労からは今春神奈川・横浜で本格実施された人事評価制度について、 目標管理システムは民間ではすでに破棄されつつある手法であること、 段階評価の恣意性や教委に苦情処理機関を置く問題性等について報告をした。 大阪教育合同からは評価・育成システムと導入されたものに対し、 欧米の労使間で当然のこととして行なわれている情報の開示と被査定者の承諾について示唆に富んだ闘いの報告があった。 全学労連からは、 学校事務職員にとっての新人事評価制度の問題点とこの制度の本質に触れながら、 今後の闘いについても言及があった。 山梨教育運動ユニオンからは不当な異動人事と内申書の実態と闘いについて、 がくろう静岡からは個人での金融資本に対する闘いが報告された。
(朝倉賢司)

第2分科会
 法制下での 「日の丸・君が代」

 教員なら、 親ならだれでも平和について子どもに考えさせたいと思う。 広島の原爆についてもきちんと教えたい。 特に、 広島へバスで行ける距離なら行かせたい。 そんな願いも、 今時、 数社の細かい見積もりもいるし、 泊るとなれば保護者の金額の負担もかかる。 なんてことより、 「新しい歴史教科書をつくる会」 の人が保護者にいた場合、 ヒロシマ見学批判、 別コースの選定、 道徳の授業のたびに来校などという話を聞くと、 ユニバーサルジャパンだけにしてごまかして、 易きに流れようとする。 そうしていたら学校に対する不信はかえって増大していただろうと想像する。
 次は東京のお話。 それって、 日の丸なの?正方形だし、 丸が小さくて、 弁当箱のうめぼしがさいころの一の目ぐらいにしか見えない。 ブラウスに描かれた絵で処分を受けるとは。 以前、 法制化反対のバッジをしたのは人から見ても意志が明確なのに、 表現の自由は認められ外せとは言われなかった。 この件では卒業式にはよかったのに、 入学式には、
『ブラウスの上に上着を着用しなさいと口頭で命じられたにもかかわらず、 着用しなかった』 ために処分された。 権力や権限を持つと人って何を言いだすかこわいですね。 (増田)

第3分科会
 独立組合の闘い方

 校長交渉や措置要求の報告が中心である。 今年も勤務条件絡みで精力的な闘いが披露された。 教員に対する締め付けはますます厳しくなっており、 強いられた闘いの連続である。
 七時間三〇分勤務時間破棄を八時間に留めた、 休息休憩の取れるよう割振り要求し校長追及する、 研修計画報告書の作成の形骸化を図る、 超勤〇を目指し措置要求を準備する、 変形八時間制を徹底する等々、 それぞれ工夫された闘いが報告され、 一様に元気の出る内容である。
 今回は闘いをどのように進めるかというよりも、 拠って立つ基盤を何処に設定することが大切かという議論に入っている。
 それは、 給特法体制の枠の中でそれをテコとして運動を追求するのか、 それとも給特体制の壁を越えて労基法体制への転換を迫る運動をするのかという課題として表れている。
 と同時に、 長きに渡る教特法による教員への分断攻撃に有効な闘いを組めなかった組合側へのつけをどう精算できるのかという問題でもあろう。
 例えば、 研修扱いの問題では教特法の研修権を擁護するのか、 それとも研修権はいらないとするのか。 超勤に対しては適切な配慮を徹底させるのか、 それとも労基法による割増賃金請求をするのか。 休憩休息時間が確保できないことは勤務時間の割振り問題で対処するのか、 それとも労基法違反で対応するのか。 教職調整額は廃止か、 超勤手当への切替えか。
 いずれも運動の方向性が問われているのである。 給特法の矛盾と限界を明らかにし、 労基法体制に組み込んでいけるかが課題であろう。 (針谷秀雄)

第4分科会
  「学校五日制」 と子ども

 今年の集会のテーマは 「もう耐ちません 学校たち」 です。 「これがテーマ?」 と言われてしまいそうですが、 〜働き方は自分流〜というサブテーマをいかに自分なりに語ることができるかということが大切です。
  「もう耐たない」 という実感はどこからやってくるのか、 アイムの向井さんは大きく三つの視点を示されました。 ひとつめは、 教育領域の拡張現象を子どもの心への介入・家庭やプライバシーへの介入・社会問題の教育問題への介入という三つの現象からみること。 二つめは学校にいる五日間と休日の二日間の、 価値の混在化からみること。 三つめは以上の二つから教育にできることとできないことを学校のシステムという視点から限界をはっきりさせることと、 多元的価値を一元化するのが学校というシステムであることをみてとって学校の限界性を見切ることです。
 こう書くと難しそうですが、 広田照幸さんの 『教育には何ができないか』 (春秋社) から一部引用してのレポートだったので、 私が現実に感じている違和感に光を当ててもらえ、 同時に言葉にしてもらった快感を味わいながら聞くことができました。
 参加者は集会参加者一〇〇数名のうちたったの八名というごく少数でしたが、 お互いの現実を語りながら、 今の自分の働き方や学校が相対化され、 これならもう少し自分を耐たせることができるかなと感じました。 キーワードは、 自分を相対化してみること、 システム上の限界を忘れないことです。
(赤田真知子)

第5分科会
 迷走する 「教育改革」

 先ず京都からの 「誰でもできる情報公開」 では、 その振るまいから 「何でこの人が校長になれたのかな?」 と考えてしまうような校長がおり、 管理職の任用方法に闇の部分があるので、 任用方法の公文書公開請求をしていったという報告があった。 自分の職場の校長が思い浮かび興味深く聞くことができた。
 兵庫からの 「私がうけた退学勧告」 では、 異質な者を排除しようとする教員五名の勝手な判断で、 理不尽な退学勧告を受けたが、 自分なりに論理を構築して見事にその攻撃を跳ね返していったという報告があった。 私も異質な者の一人かもしれないので、 相手の攻撃を跳ね返す自前の論理の必要性をあらためて実感した。
 富山からの 『「評価」 のダークサークルをくいやぶるために』 では、 教育改革の荒波に翻弄されている現場と対峙していくために必要な、 ひとつの論理・理論が提示された。 私にはちょっと難しい内容だったが興味深い報告だった。
 埼玉からの 「知事発言 (全障害児に二重学籍を) をめぐる状況」 では、 共育・共生が現実のものとなるのかと一瞬思わせたが、 実は文科省路線の先取りになるかもしれないという報告があった。 特学を担任する私にとって、 日々の営為が問われた報告だった。
 全国で闘う仲間の元気にふれ、 少し元気をもらったのか、 帰途の高速船にて一句 「淡路島 闘う仲間と 模索の夏」。 (南 菅)



変形八時間制の適用を拡大させ、 日常超勤を減らそう。
三・二五通知に対する申入書提出・交渉へ

 宿泊行事に伴う超勤に対する時間の回復と超勤手当による賃金の請求を要求して、 二〇〇〇年一二月に提出した一〇本の措置要求書に対する人事委員会の判定が示された。
 この二年間組合は、 宿泊行事に伴う超勤に対する歯止めとして、 地公法五五条の交渉権と四六条の措置要求権を同時に設定した。 しかし、 それらは何の歯止めにもならなかった。 それ以上に、 人事委員会への対応を優先するという市教委の方針によって交渉が二年以上も引き延ばされ、 逆に増え続ける超勤を放置する結果となってしまった。
 ところが、 ここに来て市教委は、 横校労の宿泊行事に伴う超勤に対する措置要求については全面的に認める方針に転換し、 取り下げを要請してきた。 さらに、 最大の争点であった 『平成元年通知』 についてはこれを撤廃し、 勤務時間の変形八時間制の導入に一部分ではあるが踏み切ったのである。
 我々は、 超勤問題の中で、 給特法体制の矛盾と限界を明らかにし、 如何にして労基法体制下に組み込ませることができるのかを課題としてきた。
 他方、 市教委は 「超勤実態の把握は必要ない」 とか 「学校長判断に委ねている」 との主張を交渉の中で繰り返してきたが、 人事委員会からの調査報告を求められ、 措置要求者該当職場での実態調査を行い、 実態を追認する方針に転換せざるをえなかったのである。
 そうした背景と合わせて、 学校五日制完全実施による勤務時間の週四〇時間制が確立されたことを受けて、 三・二五通知が職場に提示されたのである。

 横校労としては、 泊を伴う行事については、 割振り変更は不可能として来た市教委が、 多少でも実態に近い割振りを行なおうとしたことについては、 一定に評価する。 また、 元年通知の撤廃によって、 実態を無視した限定的な回復措置から、 労基法三二条の変形労働時間制へとシフトしたことについても、 超勤問題に対して取り組みやすい状況を職場に創り出していると見ることができる。
 そこで、 組合としては、 今後は、 宿泊行事だけではなく、 あらゆる業務に対しても変形八時間労働制が適用できるよう求めていく。
 しかし、 日常的な超過勤務は蔓延しており、 泊を伴う行事も行事申請書やしおり等で見る限り、 労基法違反が常態化していることは間違いない。
 その意味で、 三・二五通知は超過勤務問題の端緒についたものと捉え、 組合としては、 変形労働時間制の問題点を指摘し不十分な点について、 交渉あるいは措置要求等で、 改善を図っていく必要がある。 手始めに、 市教委への申入書を提出し、 交渉するところである。
(針谷秀雄)

 

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