●ホーム●ニュース●トピックス●組合大会・組合関係'03.10

横校労ニュース
トピックス
●組合大会・組合関係
横校労の取り組みがわかります。
教育基本法学習会報告
日本における 「自由」 の伝統は 「風流」 にあった!?


講師  大石 和雄さん (日本近代思想研究家)

日本の伝統 ・ 文化を踏まえ、 「個」 「自由」 の精神的原点を見出そう

 横校労主催の教育基本法改正問題に関する第二回学習会が去る九月六日 (土) 横浜開港記念会館で開催されました。 今回の講師は大石和雄さん、 七〇年代より現代まで一貫して労働運動への提言をし続け、 近年においては、 明治以来の日本近代思想への批判的な考察を江戸期の社会思想にさかのぼって深め、 「いきな働き方」 という考えを提唱されています。 今回の大石さんの提起は、 直接的には戦後の教育基本法ではなく、 明治期の教育勅語を論じたものであり、 また、 教育勅語も、 主にそれを生み出した明治憲法の政治思想を論じたものとなりました。 これは、 前回の高橋さんの 「江戸時代まであった一万五千を下らなかった寺子屋を廃止して作られた 「学制」 そのものの中に誤りの根源があった」 という主張の延長線上にある提起であり、 多くの新しい課題が投げかけられました。
 以下の講演者の提起と、 それを受けなされた会場での議論の概略を紹介したいと思います。 大石さんの問題提起を、 私見を交えた形になりますが以下の六点にまとめてみました。

道徳意識の転換は
教育や法改正ではできない。
 第一点、 戦後社会の転換の中で、 「人が人をなぜ殺してはいけないのか」 などという基本的規範意識や日常生活における価値規範・道徳の崩壊が顕著になってきている。 このような状況を踏まえて、 日本の伝統・文化の見直しによる新たな公共心の復活や愛国心の醸成によって改革しようという主張が出てきている。 それが教育基本法の抜本的改正であり教育勅語の復活の主張となっている。 しかし、 人の道徳意識の転換などは教育や法の改正だけでできるわけはなく、 その前提をなす、 家族観・社会観・政治観などの転換が必要であり、 そのような観点から改めて 「人は人を殺してはならない」 という規範が論じられなければならない。

西欧型 「学制改革」 の矛盾
 第二に、 西欧の近代的人権思想に依拠した戦後体制のいきづまりに対して、 日本の伝統・文化の尊重という視点からの改革案が出されてくる情勢は、 明治当初の欧化主義や江戸時代から続いてきた寺子屋などを全廃して西欧型の教育制度をベースとした 「学制改革」 によって引き起こされた矛盾を、 教育勅語や明治憲法によって解決しようとした歴史過程と類似している。 教育勅語成立過程の分析の中から、 現代の教育基本法改正の問題点を浮き彫りにすることができるはずである。

「教育勅語」 の中の立憲制
 第三点として、 それでは、 教育勅語とはなにか、 また、 それを生み出した明治憲法体制とは何か。 それらが、 天皇制絶対主義形成のための思想的手段であったという考えは、 教育勅語や明治憲法の内在的分析から導き出されたものではなく、 誤りである。 明治憲法は、 万世一系の天皇が統治するという枠組みの中に、 立憲制という近代的政治制度を埋め込んだものであり、 「立憲神主制」 とも言うべきものであり、 日本的近代政治の端緒に立つものである。 教育勅語もその文体の古色蒼然性のなかに、 明治憲法の立憲制との関連をもたせようとし、 人間の普遍的知的能力や文明開化 (近代化) に不可欠な徳目や人間の個人の自由というものを積極的に問題提起した内容になっている (井上毅の目論見)。 そして、 その解釈や運用によって、 天皇機関説や大正デモクラシーを可能にしたのであったが、 一方歴史的には、 この同じ明治憲法・教育勅語のもとに、 朱子学的儒教主義や国学的懐古主義によって位置付けられた天皇の名による狂信的専制支配も現実化するものとなったこと (井上毅のもくろみの失敗) も歴史的事実である。
 第四に 明治憲法制定の目的は、 万世一系の天皇は代々神の意思を国民に伝える祭祀機能 (「しらす」 という行為) を果してきており明治憲法も其の延長線上にあるという虚構を作り上げ、 明治当初のいかがわしい薩摩長州藩閥政権の正当性をでっちあげなければならなかったところにあった。 天皇の一君万民的統治は中世において断絶していることは、 既に江戸時代における荻生徂徠などの儒学者の研究によっても明らかにされているところであるが、 それは日本の思想史上無視され続けている (左派の世界においてさえ)。

戦後憲法もまた
国家規定を欠いている
 第五には、 三から四にかけて延べたような明治憲法の見方からすると、 戦後憲法が絶対主義的政治体制を規定した明治憲法から断絶し、 西欧近代民主主義思想をベースとした人権論と国民主権を柱に制定されたという考えは誤りであるということがわかる。 現憲法に象徴天皇規定がある以上明治憲法と断絶しているとは言い切れず、 明治憲法のもつ立憲制と万世一系の天皇が併記されている構図は、 様相を変えながらも現憲法にも継承されており、 また、 日本の国家規定を欠いているということにおいては、 欠陥憲法となっている。
 第六として 戦後社会の大変動を迎えている現代社会において、 教育勅語の復活や万世一系の天皇の統治ということを前提にした戦前の憲法の単純な復活はありえず、 前述したような近代性を具備した明治憲法・教育勅語という分析を抜きにした復活論を展開することは誤りである。 しかし、 教育基本法の改正や改憲論に対して反対するものが、 西欧人権思想に基づいた戦後憲法と教育基本法の保守・擁護という立場に立ちつづけているかぎり、 日本の伝統・文化の見直し、 伝統イコール万世一系の天皇という主張を内在的に批判し、 駆逐することはできず、 その復活を否定する保証はなくなる。

伝統的自由民権派
 最後に私たちの課題としては、 天皇制にからめとられない私達の側から日本の伝統・文化の見直しと再評価、 「日本の自由は風流の中に存在していた」 などの考えを有していた成島柳北のような 「伝統的自由民権派」 の叡智を継承し、 われわれの改革案 (「日本人民共和国憲法」 か――筆者注) を構想していくことなのではないか。 私たちの側から日本国憲法の教育基本法の改正作業が必要なのではないか。

会場からの主な意見
・教育勅語は現在死んでいると考えているのか。 心のノートという形で復活しているのではないか。
・明治憲法を作成した井上毅のもくろみ (万世一系の天皇という枠組みの中に近代政治の仕組みを埋め込み、 立憲政治を定着させようとしたもくろみ) について講師は失敗したといったが、 戦後憲法の象徴天皇条項の中に見事に生かされたのではないか。
講師の再論
・教育勅語の内容とは何か問うた時、 その内容があまりにも議論されていない。 今もしそれが復活しているというのならば、 それはどのようなものとしてとらえられているのか。 忠孝などの倫理観や権威一般にたいする服従意識を形成するものということではなく、 勅語に即し内在的な分析と批判が必要となっている。 勅語の復活をはからないためにも必要なことである。
筆者からのコメント
・井上毅のもくろみの問題について、 講師は荻生徂徠学などが生きていれば、 「万世一系の天皇を前提にした井上の目論見などなりたたなかったはず」 と述べておられますが、 そのような江戸時代の思想家の叡智や 「日本人の自由は風流にあった」 などという日本の伝統・文化の見直し論を封殺したという意味においては、 井上の試みは成功したのではなかろうか。 反面、 象徴天皇制の規定を有している戦後憲法の改憲論が正面から出始めてきている中で、 「象徴天皇制の規定」 をもってして成功と言い切ることができるのであろうか。

 実際の講師の提起はもとより会場の議論は広範なものにわたりここでは、 ほんの一部しか紹介できませんでした。 申し訳ありません。 またここに紹介したものも筆者の主観を相当交えてしまいました。 一一月一日の第三回の学習会に是非参加され、 また、 この通信への投稿などによってぜひ再論されることを心からお願いするものです。
(文責 茂呂)

 

© 1999-2003横浜学校労働者組合

本サイトの内容を無断で他に転載,複写する事を禁じます。