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教育基本法改 「 正 」 連続学習会
教育基本法改 「正」 がめざすもの ―― 学校が愛国心を教えるとき ――



 一一月一日 (土)、 長年に亘り 「良心の自由」 を研究テーマとされてこられた西原博史さん (早稲田大学教授) を講師としてお招きし、 第三回の教育基本法学習会を開いた。 西原さんは一九五八年生まれ。 憲法学が専攻で、 主な著書として 『良心の自由』 『平等取扱の権利』 『学校が 「愛国心を」 教えるとき』 などがある。 以下講演の要約である。

はじめに
 最近いろいろな所に呼ばれ話をすることが増えた。
 大学院時代、 憲法学研究テーマとしてかなり原理的でマイナーな 「思想・良心の自由」 を基本的人権の柱として選んだ。 八〇年代には同業から 「保障されているのは当然だ。」 とか 「今どき…。」 と言われたのは、 時代感覚として当然だったかもしれない。
 欧米の憲法でも明記されている国は少ないが、 個人の良心と国家の関係で良心的兵役拒否の権利を認めているドイツの憲法について、 日本との比較において関心をもった。 当時の冷戦時代の非常事態にあっても 「たとえ国が滅びても自分は兵隊に行かない。」 ということを認めたものであり、 そのことは逆に言えば 「何故国家が国民を兵隊に行かせることができるのか。」 ということであり、 国家が個をまるごと尊重できるからこそ可能なのだと言うこともできる。 ドイツと日本の限界状況の違いだけによるのではない、 日本では当たり前といわれていた 「国家と国民の関係は何なのか」 ということで日独間の 「ずれ」 が気にかかっていた。
 このような関心から選んだ 「良心の自由」 といったテーマは以前なら研究室に閉じこもっていられたものなのだが、 九〇年代に入り 「良心の自由」 を裁判の道具として権力と戦わなければならなくなったことは日本の社会において幸せなことではない。 さらに一九九九年の 「国旗・国歌法」 の成立がひとつの転機になったといえる。

教育に関する 「準憲法的」 な 「根本法」 としての教育基本法
 教育は本来、 子どもと大人がいれば自然発生的に行なわれるものである。 では何故基本法という形で法律化し、 また憲法には詳しく盛り込まなかったのか。 それは戦前・戦中の大日本帝国憲法下の教育勅語体制の過ちへの回答である。
 教育勅語は、 天皇支配下の臣民に対して 「忠良の臣民」 としてのあるべき姿を説いたものであり、 その姿に向かって組織化されたものが戦前、 戦中の教育であった。 天皇の 「赤子」 として非常時には国=天皇のために死んでいくことこそが使命である臣民の教育全てを支配する原理であった。 この教育勅語体制は戦中の国民学校時代に軍国主義教育として極まった。 男は国体護持のために戦場で散ることに集約され、 女は美しく死んでゆく男を産み出す生産機械としての存在として位置づけられた。

教育勅語体制下―天皇絶対主義的、 全体主義的、 軍国主義的―の教育内容と手法の封じ込め
 敗戦後、 多くの国民が 「騙されていた」 という感慨に襲われたのは、 大本営発表の誇大な戦況報告に対してだけでなく教育勅語体制下の教育が抱えていた問題点― 「生き方の強制」 ―によるものが大きい。 これを克服するために、 当時次の二点からの認識がなされた。
 一つは、 教育の内容は天皇が上から絶対的なものとして示すものではない、 他律的に目標を強制されるものではないということである。
 もう一つは教育の内容として、 国民は天皇のための 「道具」 などではないということである。 教育勅語体制では子どもは天皇支配貫徹のために便利な道具に作り替えられるべき生の原材料であった。
 新憲法制定過程では 「基本的人権」 の主体者としての人間観に基づくものとして、 教育とはどのようなものか、 誰が教育の内容を決めるのかという問題意識が教育基本法という形で具体化されていった。 そして国民の代表者による法律の制定という形でしかその内容は表現し得なかったといえる。

「人格の完成」 と、《教育は子どものために行なわれる》という確認
 教育基本法は、 第一条 (教育の目的) の文頭に示されている 「教育は、 人格の完成をめざし、 …行わなければならない。」 という内容に尽きる。 「人格の完成」 の意味するものは何かという 「合意」 はなく様々な議論があったが、 子どもを何か (誰か) のための道具とすることの対極であり、 一人ひとりの子どもに即した視点に立った 「人格の完成」 を基本理念とするということにおいては合意がなされた。
 比喩的な言い方をすれば、 かつて天皇支配下の教育勅語体制という穴に落ちないようにするための立ち入り禁止の 「柵」 として教育基本法が作られたと言っていいだろう。

教育基本法改 「正」 勢力
  「柵が古くなったから変えるべきだ」 とする論があるが、 今柵を取ってしまった時にもう二度と穴に落ちないというような仕組みが確立しているか、 それほど成熟した国家になっているのだろうか。
 教育改革国民会議から始まり中教審の三月答申を経た今年の国会での各政党の動きを見てみると予断を許さない今後の展開が考えられる。 改 「正」 を主張する議員達自身、 自分達が言っていることの危うさに気づいていない可能性がある。

「邪魔者」 としての教育基本法
 この五〇年間たびたび改正の動きが見られたが、 あまり相手にされてこなかった。 教育勅語復活論に対しては文部省は冷ややかに見ていたし、 改正論についても表立って実現可能性をもったものとして動き出すことはなかった。 今は、 復古的な教育勅語復活論だけでなく別な流れと合流しているからこそ文部省の動きが違ってきていると言えるのだ。

財界の反平等主義キャンペーン
 今改 「正」 を求める大きな潮流となっているのが、 財界を中心とする反平等主義である。 「戦後政治の総決算」 を唱え財界の後押しを受けた当時の中曽根首相は、 八〇年代に二〇年越しの財界の野望を臨時教育審議会で 「自由化論」 「反平等主義」 の形でぶち上げた。 臨教審では中曽根ブレーンが大きな声を張り上げ自説を主張したが、 文部省はそうはさせじと中教審を使ったのだ。 自由化論者によれば、 戦後は悪平等社会であり、 能力のあるものがその能力を発揮できないでいるとする。 平等主義教育は、 七〇年代までは欧米をモデルとしたキャッチアップ (「追いつけ追い越せ」) 型が工業を中心とした産業育成のため質の高い工場労働力を供給するのに有効であり、 これが教育の目標となってうまく機能していた。 しかし今やキャッチアップして (追いついて) しまい平等主義教育は時代遅れになったとする。 今後日本が世界をリードしていくためには、 マイクロソフト社のビル・ゲイツが米国の経済全体を引き上げているように、 彼のような 「天才」 が必要であり、 それを育てるためには現在の平等主義教育は不適応を起こしているとするものである。
 しかし事実関係をみれば、 ビル・ゲイツに関してもこれが真っ赤なウソであることが分かる。 ハードウエアではインテルのものが基礎となり八〇八六チップは日本人が開発したのであって、 問題はむしろその日本人が日本の大学から日本の産業界に残らなかった、 産業界 (財界) が取り込めなかったことにある。

グローバル時代の戦力として
 中教審は普通の人々のレベルアップ (彼らの能力観に基づく) をめざしたが、 八〇年代からの臨教審時代は一人の天才にすがりついていこう、 金もそちらに掛けようということである。 天才を育てるための金を使えば、 普通の子ども達のために使える分は減らさざるをえない。 そのために教育が 「効率的」 に組織されることが求められ 「教育しても意味のない子」 とされた子ども達に対する教育は無駄と切り捨てられる。 しかし 「天才」 もグローバル化時代における日本の戦力=戦うための道具と位置付けられるため、 本来の自分らしい生き方を望むことができなくなるのだ。
 教育の自由化論は、 再び道具的子ども観を導入する突破口を作り出していくことになる。
(以下、 次号)
(朝倉 賢司)

 

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