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横校労ニュース
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横校労の取り組みがわかります。
専従だより


困難になる
長期療養休暇者の異動人事
 平成一六年度の異動人事通知が組合にもきた。 とりあえず、 ザっと読んで 「例年通り」 と思ったが、 少し気になることがあり熟読してみる。 やはりあった。 通知の本文ではなく、 詳細の説明文のほうに若干の付け加えがなされている。
 昨年までは、 異動人事の対象外者として、 産休、 育休、 休職があり、 異動日までに (原則として四月一日) 現場復帰していれば、 対象者にされていた。 ところが、 一六年人事では、 長期療養休暇取得者や病気休職のみは、 二月中に職場復帰していなければ、 対象者にならないとの修正がなされていた。 熟読しないと読みとばしてしまうところである。 これをやられると、 職場での人間関係 (対生徒、 保護者、 教職員) の問題をきっかけにして療休に入ったものにはかなり厳しい。 たとえ病気が治ったとしても、 三月というひと月にも満たない短い期間であれ、 療休の原因となった人間関係の中に再びもどることはむずかしい。 転勤できなければ退職をという深刻な事態に直面しているひともいる。 この通知文を改正 (悪) したお役人、 こういうこと理解できなかったのでしょうか。 まさか、 療休をとるものは、 不適格教員だなんてはいわないでしょうね。 改正 (悪) の真意を知りたい。     (11月17日)

アイヌの方々との交流会に
参加しませんか。
 スペースオルタのSさんから、 一〇月に相談があったアイヌ文化との交流会の集いはその後どうなりましたかという問い合わせが入る。 忘れてはいなかったが、 この間の学校二学期制問題に多くの時間を取られて、 つめがおくれてしまった。 退職後のことを少し考え、 昨年から、 地域や組合の仲間によびかけ、 地域文化の探索という観点から小旅行やイベント企画に着手した。 松代の旧日本陸軍大本営跡の見学会、 沖縄戦を米軍の上陸からその侵攻経路にあわせての反戦ツアー、 今年に入り七月に浜岡の原発訪問も実施した。 次は、 北海道に行きアイヌ文化との交流をと考えていた。 友人からこの分野に詳しいSさんを紹介していただき、 話を聞くと、 アイヌ=北海道ではなく、 この関東にも五〇〇〇人以上のアイヌ人が移住し、 優れた文化活動をなされているとのこと。 手始めに、 そことの交流をしてみたらという。 アイヌ料理を食べ、 ユーカラの朗読を鑑賞し、 アイヌの歴史を大和の歴史と重ねて語ろうとのお誘い。 その上アイヌ文化振興法の適用による援助もあり、 また、 場所はオルタ会館も利用可であるといたれりつくせりの申し出があった。 それに今回は、 私のつめの甘さまでフォローしていただく。 早速、 参加を決めていた横校労の他、 地域の住民団体との日程を調整し、 一二月一四日に第一回の打ち合わせにたどりついた。 自分史の会、 地元の塾、 また、 港北のミニコミ発行団体などが参加の予定。 希望者連絡乞う。 連絡先は、 組合事務所内 「横浜地域文化研究所」 (090 - 7844 - 3087) です。     (11月29日)

やはり拙速です
 久しぶりに図書館にいく。 一日中資料にあたる。 一二月七日の集会への参加の働き掛けの中で、 二学期制もいいのではないかという声があり、 三学期制の歴史や二学期制の事例などを調べる。 ビラなどに一〇〇年間続いた制度を変えるならば、 もっと慎重にと主張したが、 意外な事実がわかってくる。 明治初期においては、 意外や六ケ月単位の二学期制をとっていた学校が結構あったようである。 ただ、 その前提になることは大幅に異なり、 まず、 九月入学制であったこと。 また、 学習単位が 「等級」 というもので六ケ月単位で終了証がだされ一年連続するものではない。 今でいうと、 自動車教習所のようなもの。 明治二〇年代から三〇年代に入り、 四月入学がはじまりその中で三学期制や、 通年の学習単位が始まり、 年齢に基づいた学年というものが形成されたようである。 ますます、 現在の行政の動きが 「拙速」 であるという確信をいだく。 どうしても実施したければ、 九月入学制と合わせて考えていったらどうか。 それこそ試行してみませんか。     (12月2日)
    (茂呂)

 

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