ニュース 2025年12・2026年1月号 №556

学校の風景

 ~最近思うこと~

〇朝からにらめっこ

 出勤してまずタブレットで欠席や遅刻を「すぐーる」でチェック。「すぐーる」には、保護者からの相談も入ってくる。子どもたちも登校すると、タブレット「Lゲート」で「今日の体や心の状態」を入力。これは、中二生徒いじめ自死を受けて始まった取り組み。「すぐーる」チェックだけで時間がかかるのに、「Lゲート」も見るように市教委から言われる。毎月のいじめ認知報告書も負担が大きく、今年度からは「いじめ重大事態」になる件も急増。「いじめ、いじめ、いじめ」で息苦しい。いじめにしっかり対応するには、子どもの様子の変化に担任が気付くこと、話をよく聞くことが基本。そのゆとりを保障してほしい。

〇インクルーシブとは?

 個別支援学級に在籍する子どもが年々増加。これはインクルーシブな教育なのかと疑問は消えないが、三五人クラスを一人の教員では見きれないのもまた事実。ただ今までの「学校のふつう」を少しずつ広げていかなければならないとは思う。様々な子がいてぶつかったり、受け入れたりする経験がなければ、多様性を認め合う子どもは育たない。一方で子どもによっては少人数の学びの場で安心できる居場所をもつことも大事。難しく悩ましい。

〇教師の人権は?

 高学年が荒れることが続く。授業は廊下でエスケープ。「勉強は塾でやってる」「学校はつまんない」「先生が気に入らない」と主張。授業中、廊下で大きな音を出して注意されると、「〇〇死ね」と暴言や落書き。担任に「消えろ」コールをした子たちもいた。思春期、いろんな思いがあるだろうけど、「死ね」と言われる職場ってどうなの?子どもと同じように教師の人権も大事する職場であってほしい。

〇もうすぐ冬休み

 授業や行事に追いまくられるようにして、次から次に「こなす」日々。子育てママ先生から「私、この仕事続けられますかねえ」と打ち明けられる。もうすぐ冬休み。まとまった休みがあるから、何とか乗り切れるし、子どもたちとまた向き合える。あと少しで冬休み。まずはしっかり休みましょう!私たち、よく頑張っている!

「改正」給特法に伴う制度改定 市教委交渉報告

制度いじりに惑わされず、業務負担の改善を求めよう!

   執行委員長 名児耶 理

 二〇二五年六月一一日に成立した、いわゆる「改正」給特法(公立の義務教育学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が二〇二六年四月一日に施行されます。(教職調整額の変更は二〇二六年一月一日)(ニュース二〇二五年八・九月号を参照)これに伴う横浜市の制度改定に関する市教委交渉を行いました。

 結論としては、すでに示されている国の制度に準ずる形となる見込みですが、問題の多い今改定をどのようにとらえるべきか、主に教職調整額の引き上げ、義務教育等教員特別手当の見直し、主務教諭制度について、報告とともに考えたいと思います。

教職調整額の引き上げは実態に見合っていない!

 給特法は、「教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき、その給与その他の勤務条件について特例を定め」、時間外勤務を超勤四項目に限定し、給料月額四%の教職調整額を支給する代わりに残業代を支給しません。建前では原則、超勤四項目以外は時間外勤務を行わせないとしていますが、法制定当時とは学校を取り巻く状況は大きく変わっています。そもそもこの四%という数字は、給特法制定当時の一九七一年、文部省が行った勤務実態調査に基づいて、教員の残業時間が月平均八時間程度と推計され、その時間外労働手当に相当するものとして算出されたものです。

 新制度では、教員の処遇改善を目的として、この教職調整額の現行四%を二〇二六年一月一日から一%ずつ二〇三〇年まで段階的に一〇%に引き上げるとしています。

 一〇%に引き上げられたとして、残業時間は二〇時間相当ということになります。しかし現実はどうでしょう。皆さんの職場でも時間外勤務が月八〇時間を超えるという職員は少なくないのではないでしょうか。さらに、特に中学校の場合は恒常的に休憩時間が取れていない実態があり、その分を加えれば+一五時間分の時間外労働ということになります。

 処遇の改善どころか、微々たる調整額引き上げによって長時間労働が固定化されてしまう恐れがあります。

 一方で、この財源確保のために義務教育等教員特別手当を見直し、校務類型に応じて支給することとしています。市教委の回答では、現行の一・五%程度の三分の二程度に縮減し、学級担任には手当が月三〇〇〇円を加算するとしています。学級担任手当については、現在各校で試行されているチーム担任制を含めて加算できるように調整していくという回答がありましたが、財源をこれ以上各種手当の廃止・縮減で生み出さないように要求しました。

具体的にいくら給料は上がるの?

 二〇二六年一月から教職調整額は五%になりますが、具体的に給与はどれくらい変わるのでしょうか。交渉段階で市教委が出してきた数値はあくまで参考値ですが、

 担任無しの大卒初任の職員で、月額二六〇〇円程度増 年額五〇〇〇〇円程度増

 担任無しの四〇代半ばの職員で、月額二三〇〇円程度増 年額六一〇〇〇円程度増

とのことでした。担任ありの場合はこの額に月額三〇〇〇円が加算されます。

 この数値をどうみますか。上がらないよりはよいという見方もあるかもしれません。しかし私には、たかだか二〇〇〇円ちょっとの増額で現在の膨大な超過勤務を清算してしまおう、時給にして一時間そこそこの月額支給で過酷な労働状況を収めようという浅はかな思惑、教員を馬鹿にした政策としか思えません。

主務教諭制度導入の前に主幹教諭制度を総括せよ!

 教職員間の総合的な調整を行う「主務教諭」制度導入については、二〇二六年四月導入は行わない、文科省が示す主務教諭の業務内容も明確ではないため、制度の目的や意味を整理したうえで検討するとの回答でした。

 新たな階級の創設は上意下達の管理強化、学校の職員集団を分断を招くことが危惧されますが、そもそも他都市と比して多い主幹教諭という制度が果たして学校教育の現場にどんな影響を与えているのか、市教委は把握、分析をしているのでしょうか。総括なしにまた新たな階級をつくる制度いじりは職員関係に混乱を招き、働きづらさを助長することになるのではないでしょうか、

 今回は主に給与に関する項目についての交渉でしたが、今改定の「働き方改革の一層の推進」こそ、教員の業務負担を改善するものとして実効性のある政策を具体的早急に進めていくよう、横校労は市教委に求めていきます!

人事委員会勧告報告

   書記長 猪狩良和

人事委員会勧告説明会

 一〇月一六日(木)一六:〇〇から人事委員会による給与に関する説明会が行われた。

給与の概要については、

 月例給、特別給(ボーナス)ともにプラス改定(四年連続の増額勧告)

・民間給与との較差一三、四六九円(三・三三%)を埋めるため、給料表を改定

・給与の比較対象企業規模を五〇人以上から一〇〇人以上に見直し

・特別給(ボーナス)の年間の支給割合を〇・〇五月分引上げ(年間四・六〇月↓四・六五月)

給与制度のアップデートの実施

(令和八年度実施)

・職務・職責をより重視した給与体系とするため、給料表を改定

人事給与制度等に関する報告(意見)の内容として

 多様な職員が活躍できる環境を整え、やりがいを感じ、働き続けたいと思える魅力的な環境を創出することで、有為な人材の確保につながる好循環を生み出すための取組の方向性を報告

【言及項目】

(1) 人材の確保及び育成(人材の確保、人材の育成・人事評価)

(2) 柔軟な働き方及び仕事と生活の両立(柔軟な働き方の推進、両立支援制度のフォロー側への配慮)

(3) 多様な人材の活躍(女性職員の活躍推進、障害のある職員の活躍推進、会計年度任用職員の活躍推進)

(4) 健康経営とハラスメントの防止(長時間労働の是正、職員の心身の健康の確保、ハラスメントの防止)

ということであった。

 横校労からは、

 ・「主務教諭についても教育職員の働き方改革を加速化するためには(中略)必要な取り組みと考えられる」とあるが、根拠は何か?我々は職員の分断を招き働き方に混乱を与えるものとして反対している。

 ・「生成AIの積極的な活用も(中略)業務負担の軽減と生産性の向上を図ることも有用である」とあるが、有用と判断する根拠は何か。

という質問を行った。これに対し委員会側は、「国の指針に則って記述した」、「やってみなければわからない」との回答であった。

他にも、

 ・「中学校の教職員において、昨年度に続き二ヶ月連続で時間外在校等時間が月八〇時間を超える人数が小学校の教職員を大幅に上回る」「実地調査においても、上限時数を超えている事業場や、所定の休憩時間を取得できていない事業場が引き続き確認されている」とあるが、まずどうやって時数を把握したのか。

この点に関しては「市教委からデータが来ている」と回答。さらに「市教委のデータは何から把握されたものか」と問うと「管理システムによるものと考える」と回答。では「管理システムには休憩時間が取れなかった時間外勤務は入力できないようになっているつまりこの数値は休憩時間が取れなかった分が含まれていないことを認識しているか」とさらに問うと「取りづらい状況というのは認識している…」という回答であった。人事委員会は、長時間労働に対して「改善されていないため、引き続き(教育委員会に対し)指摘している」とのことであったが、一向に変わらない、変えようとしない状況にどこか他人事のように感じてしまう印象があった。給料が上がるのは賛成だが、いつまでたっても変わらないこの現場の状況についてこれからも意見を出し、少しでも改善していきたい。

ようこそ桜本(川崎市)へ

 11/16 大船支部勉強会報告

   大船支部 森下 秀子

 今回一三名が川崎市川崎区桜本に集まり、講演会、フィールドワーク、昼食交流会という盛り沢山の内容で行った。 

 川崎市では、戦前から大きな工場の建設現場で働くため朝鮮人達が暮らしてきた。また戦争中には桜本にも集住地域ができ、劣悪な環境で生活し働いていた。一世二世の民族差別との闘いなどを経て、一九八八年川崎市ふれあい館条例で建物が建ち、社会福祉法人青丘社が運営を担っているのが「ふれあい館」である。ここは桜本に住む在日コリアン、日本人、南米からの日系人、アジア人などが共生する取り組みを担っている。

☆第一部 講演(ふれあい館にて)

 講師 崔江以子さん(チェ・カンイジャ)現ふれあい館館長

 『誰もが力いっぱい生きるために~地域から人権を考える~』

 「レイシスト以外なら大歓迎」という言葉で始まった。毎日とても楽しく仕事をしていると言い、赤ん坊から年寄りまでが集って活動をしており、さらに地域の小学校での取り組みも紹介された。三〇年近く続く小学校の運動会でのプンムルノリ(農楽。収穫祝いや祭りで演奏される朝鮮半島の伝統芸能)の発表で、打楽器を演奏しながら子ども達が踊っている。また六年生はハルモニ(おばあさん)からキムチ漬けを教わることを二〇年間ほどやっている。このような取り組みで他民族への理解を深めている。「今なら、ここなら大丈夫」と思い自分の出自を打ち明ける児童もいたとの事。これらの行事の準備にふれあい館の職員が深くかかわり連携している。

 一九八六年川崎市外国人教育基本方針が策定された。この後横浜市、平塚市でも民族差別事件が起きた後、この指針の策定を目指し活動する時に、青丘社の支援もあったことを覚えている。この方針は、教育現場でも多文化共生を進めるのに役立つものであり、桜本ではそれが証明されていると思う。

 二〇一三年、川崎駅前でヘイトデモが繰り返された。崔さんは初めてこのデモにあった五月の母の日のことをはっきり覚えていると話した。二百人くらいが「朝鮮人は死ね、殺せ」と叫ぶのを聞いてから沈黙し、デモを避ける生活を続けた。二〇一五年一一月八日、桜本にヘイトデモが来ると聞き、川崎市と交渉しても成果はなく、中高生達は大人達のふがいなさを怒った。その後、考え方や立場の違いを超えてヘイトスピーチと闘うネットワークを結成する。泣きながら集会で発言する崔さんの息子さんの姿には涙が出た。

 二〇一六年一月にヘイトデモに抗議する人々が公園に集まり、そこで話をする崔さんの姿とヘイトスピーチがネットに流された。その後ネットで「いいね!」が続々と増え、恐怖を味わう。公園にいたハルモニは警官に排除され、抗議する市民は止められ、寝転んだり座りこんで抗議するも排除される。その姿を笑ってみているデモ隊。これを見て、国に対して救済を求め法律の必要性を訴える。が、国会での参考人陳述の後にネットに最大二千万件の投稿があり炎上。殺害予告も受け警察のパトロールが必要になる。国会ではヘイトスピーチ解消法が通った後、川崎市長に理念だけでは限界があるため、実効性のある法律を求めた。

 二〇一九年市議会全会一致で罰金刑を科す『差別のない人権尊重のまちづくり条例』が可決された。日本で初めてのもの。今なおネットのヘイト被害に苦しめられる崔さんは、朝鮮人と女性という二重の差別があると言う。差別に反対、許さないと考える人たちがその後に何かを行動してほしいと。現役の、退職した教員の私達がどんな行動をしていくか、「教育は希望」と言う崔さんに答えられるか、問われている講演だった。

☆第二部 フィールドワーク

 川崎在日コリアン生活・文化・歴史研究会の山田さんと鈴木さんの案内で、ふれあい館から出発して在日大韓基督教会川崎教会前へ。ここは青丘社の原点でもあり、地域住民が集う場にもなっている。私もこの通りや桜本商店街を、祭りのプンムルノリで何度かチャンゴをたたきながら練り歩いた思い出がある。崔さんの話に出た、子どものプンムルノリを運動会で発表するさくら小学校、隣の小学校敷地内に建つ保育園。ここは多民族の園児が通ってきていて、各地からの見学者も多いとの事。歩いて行くと前方に産業道路とその上の首都高速が見える。『まちがミュージアム・川崎さくらもと』マップが役立つ。道路を渡り池上町へ。この町も戦時中日本鋼管の工場が建設されその周辺に飯場ができると、各地の朝鮮人が移り住み始めた。現在も狭い路地には消防車も救急車も入って来られない住環境である。まず道路沿いのJFE管理地看板のある空き地へ。老朽化した建物を壊した跡地を金網で囲み使わせないようになっている。路地を進み、一九八〇年代まで子どもたちに母国語を教えていた韓国会館。民団の活動拠点であったが空家に。さらに進むと池上町公園に出る。この隣の緑の樹木の向こうは日本鋼管の土地。この公園は、一九三六年に建てられたごみ焼却炉の跡地にある。この周辺の住民達は、煙突からでる煤塵に苦しめられた。また二〇一九年の市議選では、選挙権を持たない近くの住民達に、この公園で「不法占拠一掃」の演説をした候補者がいた。選挙街宣の名の元に、地区に入り住民に恐怖を与える行動が許される現実がある。そして、近くの桜堀運河の入り口横を通ってセメント通りの韓国料理店前がゴール。案内してくれた二人は、川崎駅東口でのヘイト街宣の抗議行動に向かった。私達も昼食後、抗議行動に合流して勉強会は終了した。

〇参加者の感想

・川崎氏にヘイトスピーチ条例ができたとき、すばらしいと思ったが、ヘイトスピーチの矢面に立つ人がいて、生易しいことではないことが分かった。最近の「日本人ファースト」という言葉も非常に心配している。人権問題として自分のできることを考えていきたい。

・地域で安心して暮らしていたのに、ある日突然ヘイトスピーチが川崎にやってきて生活が一変してしまう恐ろしさ。母を案じ、差別への哀しみ、憤りをスピーチする息子さんの姿に涙が出た。「教育は希望」という崔さんの言葉に背筋が伸びる思いがした。小学校でも外国籍や障害をもつ子を差別する児童がいるのが現実。学校現場でできることを模索していきたい。

日録

私的敗戦八〇年、行って、参加した

   大船支部 朝倉 賢司

 敗戦を「終戦」という主体性のない表現で、マスメディアは今夏八月特集を組んだ。しかも、アジア・太平洋戦争の終結を所謂玉音放送を流した八月一五日にしている。「太平洋戦争終結ニ関スル詔書」は前日一四日に出されているのだが、戦艦ミズーリ号上で署名される九月二日が国際的には戦争終結の日なのだ。天皇の放送の言葉をもって歴史の分節点にしているのである。

 そのような今年の夏を、自分なりに改めて確認せねばとイベントや展示等に触れてみた。

八月三日

 柏市で開かれた朗読劇「この子たちを忘れないように2025」―1945ヒロシマ・ナガサキ原爆の記憶―に参加した。柏・むぎわらぼうしの会の公演で二十六回目となる。ここ数年鑑賞やワークショップに参加しているが、今年は広島市長や長崎市長からもメッセージがおくられた。昨年日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことも運動の後押しになっているのか、大ホールは多くの参加者で埋まり、朗読する子ども達や若い人達の熱い思いに包まれた。

八月八日

 「戦争の加害パネル展」が横浜駅近くの県民センターで開かれ初日に見学に赴いた。この企画は十回目になる。万人坑、南京大虐殺、重慶無差別爆撃、マレー侵略、細菌戦(731部隊等)・毒ガス戦、強制連行、日本軍「慰安婦」、戦後処理と多岐にわたる。この企画の代表者の一人Tさんと展示を続けることの意義について話ができた。「もうひとつ研」による歴史教科書批判の取り組みも評価してくれた。後日この展示はアジアのメディアの取材も受けた。歴史修正主義者からは目の敵にされるテーマだが、歴史の真実を伝える責務が我々にはある。

八月十日

 松戸市で「人はなぜ、戦争に協力してしまうのか~満豪開拓移民を通して考える~」のテーマで、精神科医で劇作家の胡桃沢伸氏の講演があり参加した。氏の父親は村長として村民に強く進めて多くの若者を満豪開拓団に参加させたが、団員の多くが悲惨な目にあったことを後に知り、自らも命を絶った。父の残した日記や記録から、篤実そのものだった父がそうしたのかについて少しでも、解明したいという強い気持ちが講演から伝わってきた。会場は、立ち見が大勢出るほど盛況だった。

九月四日

 東京竹橋の国立近代美術館に行く。米国から無期限貸与の形で多くの「戦争画」が「記憶を拓く 歴史をつむぐ」のテーマで展示されている。会場の閲覧者は少なくゆっくり観られることは幸いなのだが、多くの人にこと観てもらいたい企画、作品なのだ。新聞によると主催者側は敢えて大きく宣伝しなかったという。そのこと自体が、むしろ大きな問題ではないのか。戦時中の画家の戦争、戦闘場面を描いた作品作りについては、戦争責任と芸術というテーマで長年論議されてきているし、これからも論議を続けなければならない内容だ。軍からの要求に応じなければ画家は画材や描く場がなかったとしてもだ。

 藤田嗣治の「アッツ島の玉砕」を再び観ることができた。当時の陸軍省は当初引き取りを断ったというほど壮絶な肉弾戦の様子が画面いっぱいに表現されている。今の感覚ではこれが戦意高揚になったのかと疑問に思うほどだが、戦時中思春期にこの絵に接した女性(軍国少女)は、改めて仇敵の思いを強くしたという。今観る感覚からは想像できないような感覚、思いにさせてしまうのが戦争であり、教育の結果なのだ。「アッツ島の玉砕」だけでなく数多くの戦争画が、著名な画家によって描かれていて、画家一人ひとりに問い詰めたいところだ。

九月七日

 流山の「平和のための戦争展」があった。丸木位里・俊夫作「原爆の図」第三部「水」の死んだ赤子を抱く母子像を基に、彫塑作品にしたものをオマージュとして以前作り、今回展示させてもらった。

読者の声

 夜間中学といえば、山田洋二監督の「学校」を思い出す。あの映画で西田敏行が演じる黒井にあこがれたことが教員を志望した理由の一つである。「夜間中学は例外として認められた学校なのだから、決まり通りの人事ならコンピューターに任せておけば良い」という持論に胸を打たれた。思いが伝わったのか、採用されるも希望の夜間学校には勤務に至っていない。それぞれに違った環境でそれぞれの悩みを抱えつつ夜間に通う生徒たちの姿を見て勇気をもらった。将来夜間中学に勤務することができたら、茶色いスーツを着て勤務したい。ミニ黒井として。しかし、現在コンピューターに任せっきりも問題だが。

   (中学校教員)

 学校で働く教員の過酷な労働実態が、世の中に知られるようになったのはいつ頃だろうか。教科担任制が進んだり、行事が精選されたりして、労働環境は少しずつ改善されているようには思う。それでも教員は、朝、子どもたちを教室に迎えてから放課後まで、下手したらトイレにいく間もないような時間を日々送っている。せめて空きコマの一つでもあって、息をつく間をもてればよいが、休みや欠員があれば、空きコマも空きコマでなくなるのが今の学校現場である。ハンドルに<遊び>が必要なのと同じように、学校組織にも<遊び>が必要である。教員の成り手も減少の一途。学校の人手不足を世の中はこのまま放置しておくのだろうか。

   (小学校教員)

編集後記

 川崎の崔さんのお話を聞いた。ヘイトスピーチの凄まじさ、死んだゴキブリや心無い言葉を送りつけてくる嫌がらせなど、心をえぐられる差別の数々を淡々と話された。帰りに川崎駅前でヘイトスピーチの現場を見る。ヘイト側は3人の中年男性にたくさんのスマホのカメラが立つ。5メートルほど離れてヘイト側の声が聞こえないように太鼓や騒音で抗議する市民20~30名。取り囲む警察官数十人。異様な光景だった。ネットで拡散されたヘイト動画に「いいね」を押すのは若者が多いそう。「対話」を続けるのは大変なことだけれど、民主主義の根幹だと思う。他者の声に耳を傾けられる子どもを育てなければ、と強く思った。(n)

連載第41回 3・11とアート ―《歓喜の朝》―

   山内 若菜

広島・長崎・福島の核被害と「いのち」の再生への願いをこめて核なき世界への朝陽を昇らせた。この絵のタイトルは「歓喜の朝」。今月の広島パグウォッシュ会議では、象徴ポスターとして、会場の空気をつくった。絵物語も描けば現実になる。闇は明け、歓喜の朝は必ずやってくる。

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